関連事象記録 一 ページ39
火の海から朧気な声が聞こえる。
沖に並ぶ艦隊は砲撃を続け、しかし大樹は平然と梢を揺らした。何事も些事とばかりに構える大地の影では逃げ場を失った島民が次々に息絶え、避難船はとうに海底で横たわり、時折泡を吐くだけで人も物も浮いてこない。
ギリリとテクタは奥歯を噛む。
政府が恐れた研究成果は炎に飲まれ、火の粉となって舞い上がる。怒りか恨みか憎しみか、テクタの動きは普段の彼からはかけ離れて荒々しい。
大樹の木陰にある湖には本が投げ入れられ、水はやや濁っていた。テクタはふやけてしまった表紙に目を凝らし、砲撃も炎も気にせずに湖の中をじゃぶじゃぶと歩く。一冊手に取ってはポイと投げ、また手に取ってはポイと投げ、時間に急かされているのだろうイライラと首筋を掻く。
降り注ぐ砲弾は水面を叩き、水中に積み重なった本が波に浚われてかき混ぜられる。ふやけて脆くなったページは千切れ、細かくなって水の中を漂った。しかしそれを気にしてやれる生存者などとうにおらず、すくい上げるにしても当分は先になるだろう。はたして、湖を埋め尽くす書物の何割が助かるのやら、一か八かの賭けも良いところである。
いまのところ、価値ある書物は彼の足元で溶けるだけ。
テクタとしては、全て溶けてほしかった。
幾万の書物はもう元には戻らないと言う確証が欲しかった。この湖に沈む書物が溶けて混ざり、和紙工房の漉き舟のようになってしまえば、やっと日常に戻れるのだ。
溶けなければ、いつまで経っても戻れないのだ。
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 267人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告感想を書こう！(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
poidf(ポイドフ)(プロフ) - 誤字も見付けたら教えてくださいまし (11月18日 18時) (
レス) id: 24e80c86dc (このIDを非表示/違反報告)
poidf(ポイドフ)(プロフ) - どこかにルビ振る為の■が混ざってるかもしれません。混ざってないかもしれない。忘れましてよ。見つけたら教えて。 (2023年3月7日 22時) (レス) id: 24e80c86dc (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
