episode.32 ページ32
*
阿部side
軽い気持ちで注射をサボった日、とにかく散々な思いをした。
フラフラして、ボーッとして、とてつもない眠気と気分の悪さに襲われて。
注射を打たなかったことで身体にこんな症状をもたらすのだと知った。
結局あの日は撮影でも力を発揮できず目黒にも心配されて、もう二度と同じことはするまいと誓った。
だから、仕事でメンバーとご飯を食べるときも、怪しまれないように気配を消しつつ食事前にトイレに行ってこっそり注射を打つようになった。
初めのうちは上手くいっていて、これなら今後も大丈夫かもしれないと思っていた。
ただ、予定が変わりやすい俺たちの仕事場でそれが長く続く訳もなく、再び俺を悩ませる日はすぐにやってきたんだ。
その日は新曲のMV撮影。
お昼の時間になったら俺はいつものようにトイレに駆け込んでこっそり注射を打った。
多分誰にも怪しまれていないことを確認して、無事にいただきますをした。
今日も何とか乗り切った、そうホッとしていたのも束の間、俺とラウを呼ぶスタッフさんの声に焦りを隠せなかった。
なんでかって…
俺の病気の厄介なのは、注射だけ打っていれば良い訳ではないからだ。
注射を打った後、すぐにその量に見合った食事を取らなければならない。
食べられなければ薬だけが効きすぎて、数値が下がりすぎると身体の震えや動悸に冷や汗、頭が回らなくなったり、意識を失って昏睡なんてことにもなる。
だけどこの時、注射を打った量に対して殆どご飯を食べられていなくて。
それにこれから撮影で動き回ればどんどん薬だけが効いていくことは分かっていた。
それでも撮影には行くしかなくて、薬の効果がピークに達する前に撮影を終わらせようと気を引き締めた。
しかしそんな意気込みも虚しく、序盤から完璧なラウに対し、俺は不安な気持ちが邪魔をして何度もミスをしてしまった。
ようやくOKが出た頃には、体の力が抜けるような気持ちの悪さと動悸が止まらなかった。
そんな中続く次のシーンでは、ラウとお茶をするシーンでティーカップを持つ演出。
手に力が入らない、カタカタと震える手はいうことを聞かず、カップの中身を衣装とセットにぶちまけてしまった。
確実にラウにも怪しまれているこの状況。
ただ、今はとにかくこの症状を抑えなくてはいけない。
俺はまた、隠れるようにトイレに駆け込んだ。
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 1118人がお気に入り
お気に入り作者に追加
この作品を見ている人にオススメ
この作品を含むプレイリスト 
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告感想を書こう！(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
あお - 続きが更新されるのを楽しみにしてます。 (2021年5月6日 1時) (
レス) id: 5edf3afd73 (このIDを非表示/違反報告)
ユキト(プロフ) - 苦しくて泣いちゃうけど読み応えあります、大好きな作品です。 (2021年4月19日 1時) (レス) id: 08a263e11b (このIDを非表示/違反報告)
藍華(プロフ) - はじめまして！この作品を愛読させて頂いているものです。ほんとにお話を読むたび苦しくなるのですが、何回も読み返すくらい大好きな作品です! (2021年4月9日 0時) (レス) id: 55f4a21869 (このIDを非表示/違反報告)
恋した月(プロフ) - 初めまして、このお話が好きすぎるのでコメントさせてもらいます()どの描写もabらしくてSnらしくて本当に美しいくて苦しくて大好きです。これからも応援しています。 (2021年2月13日 17時) (レス) id: d6f1a4b68b (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：しぃ | 作成日時：2021年1月26日 12時
