孤独なトランペッター【時透無一郎】

11.メリュー ページ12

▽▲▽




「…そんなわけ、ない」


『どうしたの？』


「ううん、なんでもないよ」




鮮明に覚えていたように思っていても、
僕の記憶に残っていたものはほんのひとかけら。

大事なことなのに、ずっと忘れていたこと。



好きな人がいた。
ずっと一緒に生きていくつもりだった。

世は大正、鬼が人里を荒らす世界。
僕はその波から好きな人を守れなかったんだ。



僕は生まれ変わった。僕だけだと思っていた。
だけどさ、もしかしたら君もなのかな。

君はあの時の女の子なんだろうか。
僕が唯一恋い焦がれた、あの子なのかもしれない。




『美味しかった…』


「おかわりする？」


『さ、流石にお腹いっぱいだよ』




昔と違って控えめな口調とか、花や水みたいな雰囲気とか、昔と違うところはたくさんある。

だけど同じだ。
芋類が好きなところ、すぐ照れるところ。


勘違いなんかじゃない、同じ人なんだ。




「…そろそろ帰ろうか」


『うん』




立ち上がってAに手を貸せば、
小さくて白い手が答えてくれる。



"運命の恋"は本当にあるのかもしれない。


百年以上温めてきた僕の初恋に再会して、
たくさんの記憶を思い出して、

僕は馬鹿みたいな考えを抱いてしまった。

12.夕日坂→←10.愛してる

→ 目次へ｜作品を作る｜感想を書く
他の作品を探す