49 思わぬ親切 ページ49
「何してんだよ!」
怒号に近い呼び掛けに、あわやバランスを崩しそうになる。
そこにいたのは、なんと剣城だった。額に汗を浮かべながらこちらを見ている。
「え……ボール取ってる。引っかかってたから」
「んなこた見りゃわかる! 早く降りてこい!」
あまりの剣幕に、何も言えない。
そういえばまともに会話するのは初めてだな──そういえば今の体勢、下からパンツ丸見えだな……いやレギンス履いてるから大丈夫か。そんなどうでもいいことが頭をぐるぐる巡る。
なんでそんなに怒ってるんだろう。というかなんで話しかけてきたのだろう。
とりあえずボールを取ることには成功したので、剣城のいる場所とは別方向に放る。しかし剣城はボールに一切見向きもしない。
私は首を傾げながらも慎重に、一歩ずつ降りていく。
そうして下を見ると──剣城は焦った様子で、こちらに手を貸そうとしているようだった。もう手放しで着地しても大丈夫な高さだというのに。
その目にいつもの睨みはない。急に見せられた新たな一面に呆けてしまう。
「あ、あの……別にこんなとこから落ちてもだいじょう──」
ぶ。言いかけて、幹にかけていた左足がずるりと滑った。
一瞬の浮遊感。そして落下。地面が、剣城が、どんどん近づいてくる。
──ぶつかる。避けないの? なんで両手広げてるの。
スローモーションのように感じられたが、時間にしてみれば一瞬だった。そんなことを考えている間に……そのまま剣城の腕の中に倒れ込むように収まる。
僅かな衝撃。しかし痛みはない。そりゃそうだ、抱きとめてくれたのだから。
顔を上げる。至近距離で目が合い、そこで初めて私は自分の今の状況に気がつく。
「え、あ、ごめ──」
慌てて飛び退いた。心臓が早鐘を打っている。
抱きとめてくれた腕の力も、ふわりと香った匂いも存外優しくて。どう反応すればいいのかわからない。
いや、まずはお礼を言わなければ。
「その、ありがとう」
剣城は答えない。むしゃくしゃした様子で頭を掻いている。『なんでこんな奴に構ってしまったんだ』──そう顔に書いてあった。
「そんなに危なっかしかった?」
「……ああ、そうだよ」
吐き捨てるように言って、剣城は踵を返した。その顔はもういつもの表情に戻っている。
──とんだファーストコンタクトだ。明日から剣城を、どんな顔して見たらいいかわからなくなる。
そもそも今までろくに意識して見ようとしてなかったんだけど。
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キメラ(プロフ) - 充滞さん» 充滞さん、コメントありがとうございます。そう言っていただけてとても光栄です、励みになります! マイペース更新ですが見守っていただけると嬉しいです。 (2022年5月24日 21時) (レス) id: 6fadaab96b (このIDを非表示/違反報告)
充滞(プロフ) - キャラがとても公式よりで、とてもドキドキしました!主人公が抱く神童への劣等感、羨望を感じます。木から落ちる主人公を剣城が受け止めるシーンにときめきました。この小説を作ってくださりありがとうございます (2022年5月23日 11時) (レス) @page49 id: 7d360b94a4 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:キメラ | 作成日時:2022年2月3日 23時