38 溶けた氷 ページ38
「正直、完全に吹っ切れたわけでもなくて……フィフスセクターに逆らうのは怖い」
神童は左胸の、稲妻のエンブレムのところをぎゅっと掴む。
「でも不思議なんだ。あいつの『なんとかなるさ』を聞いてると、本当になんとかなるんじゃないかって、そう思えてくる」
なんとかなる。
一見自棄な言葉にも聞こえるけれど、松風はその行動力で本当になんとかしてみせているのだ。
「なんか、魔法の言葉みたいだね」
周りの人間さえも巻き込んで起こる風。それに賭けてみたいと思える。私たちを待ち受ける壁は高いけれど、それでも。
神童は頷いてくれると思ったが──私の顔を見て、ふっと方の力を抜いた。
「何年かぶりに見たよ。Aの笑った顔」
「え、」
笑っていた、のだろうか。自分は今。咄嗟に頬に手を当てるもそれは全く無意味な動作で、視線が右往左往する。
しばしの間沈黙が流れる。河川敷にはもう誰もいなかった。
「あの、神童」
「ん?」
「話したいことが、色々あって。サッカーのこととか、昔の……五年前のこととか」
一秒ごとに濃さを増していく空の濃紺が、茜色を飲み込んでいく。
「今まで神童のことを避けてた理由も……時間かかるかもしんないけど、ちゃんと自分の口で言うから」
早口にならないように気をつけ、がばっと面を上げる。
──照れ臭さで私の顔が少し赤くなっているのが、気づかれませんように。
「だから、えっと、これからもよろしく」
五年前、初めて出会った時。
『これからよろしく』──そう言って笑う幼い神童の姿が、不意にフラッシュバックした。
「ああ、こちらこそ」
今目の前にいる神童も、笑っていた。嬉しさに揺れるような、そんな優しい笑顔だった。
──私も、本当の意味では何年かぶりに神童の笑顔を見たかもしれない。
もちろん部活内でも笑みを見せることはあったけど、私に向けられる笑顔は、中学に入ってからだとこれが初めてで。
胸の中で硬く絡まっていた糸が解けていくような感覚。
随分時間がかかってしまったけど、何とか一歩を踏み出すことが出来た。
久々に見る神童の笑顔は、私の記憶の中のそれと比べるとずっと大人っぽくなっていて。
こんな時でさえも、なんだか小っ恥ずかしくなって先に目を逸らしてしまう。
しかし私は自分の頬が緩んでいるのを、今度ははっきりと感じていた。
105人がお気に入り
感想を書こう!(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
キメラ(プロフ) - 充滞さん» 充滞さん、コメントありがとうございます。そう言っていただけてとても光栄です、励みになります! マイペース更新ですが見守っていただけると嬉しいです。 (2022年5月24日 21時) (レス) id: 6fadaab96b (このIDを非表示/違反報告)
充滞(プロフ) - キャラがとても公式よりで、とてもドキドキしました!主人公が抱く神童への劣等感、羨望を感じます。木から落ちる主人公を剣城が受け止めるシーンにときめきました。この小説を作ってくださりありがとうございます (2022年5月23日 11時) (レス) @page49 id: 7d360b94a4 (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名:キメラ | 作成日時:2022年2月3日 23時