27 軽やかなドリブル ページ27
「先輩?」
「一瞬ボール借りるよ」
──これで転けたら大恥だ。
深呼吸を一つ。タイルを見据えて、ボールを蹴り出す。
3、2、1、3、1。インステップと足裏を交互に使い、ボールをキープ。
「3、3、3──」
ボールが飛んでいかないように。足がもつれないように。
3、3、3、3、3、3。
そこまで行ったところで、地面が芝生に切り替わった。慌ててボールを止め、松風の方を見る。
──できていた、よね。
今までずっと一人でボールを蹴っていたが、その練習は着実に自分の力になっていたらしい。
しかし急にしゃしゃり出てきてこんなことをしたら、生意気だと思われただろうか。
けれどそれは杞憂だったようで。
松風は呆けたように突っ立っていたが、少ししてその顔にじわじわと喜色が滲んでいく。
「すっ……すごいです! A先輩が、こんなにサッカー上手だったなんて!」
ずいっと詰め寄られ、反射的に一歩後ろに下がった。
「いや……えっと、うん」
「足の使い方もすっごく綺麗で! 今のどうやったか、教えてください!」
真っ直ぐな瞳。
自分のプレーをそんな風に褒められたのは久しぶりで。顔が赤くなりかけたのを、夕陽の方を向いて誤魔化す。
──天パの天馬。変わってないんだなあ。
「その前に……ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「なんですか?」
「稲妻KFCの入団テスト、受けたことあったりするよね?」
稲妻KFC。稲妻町の中では一番ハイレベルな少年サッカークラブ。
たまにしか開催されない入団テストには、多くのサッカー少年が参加していた記憶がある。
「は、はい。落ちちゃいましたけど……どうしてそれを?」
「私もその時受けてたから。テスト」
「……えっ、そうだったんですか?! すみません、俺全っ然気付かなくて!」
あたふたとする松風に「いいよ別に」と手を振る。
当時は自分のプレーに集中するのに手一杯だったはずだ。むしろ他人の顔を覚えていた方が驚く。
私が松風のことを覚えていのは……やっぱりそのひたむきさが脳裏に引っ付いていたからだろう。
「先輩は合格したんですか?」
「うん」
「へええ、すごいや! じゃあ、六年生になって卒業するまでずっとプレーしてたってことですよね?」
「いや」
ボールを持ち上げ、松風に返す。
風が吹き、胸まで伸びた私の黒髪が視界の端で靡いた。
「一年経つ前にやめたんだ。上級生のこと殴っちゃったから」
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キメラ(プロフ) - 充滞さん» 充滞さん、コメントありがとうございます。そう言っていただけてとても光栄です、励みになります! マイペース更新ですが見守っていただけると嬉しいです。 (2022年5月24日 21時) (レス) id: 6fadaab96b (このIDを非表示/違反報告)
充滞(プロフ) - キャラがとても公式よりで、とてもドキドキしました!主人公が抱く神童への劣等感、羨望を感じます。木から落ちる主人公を剣城が受け止めるシーンにときめきました。この小説を作ってくださりありがとうございます (2022年5月23日 11時) (レス) @page49 id: 7d360b94a4 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:キメラ | 作成日時:2022年2月3日 23時