16 過去の傷 ページ16
そこまで話して、私は自分の鞄の中身を全く出してないことに気づき、いそいそと授業の準備を始める。
霧野は新しい級友の顔を見回したり、手持ち無沙汰に自分の髪の毛をいじったりしていたが、ふと思い出したように口を開く。
「ちょっと話変わるんだが」
「何?」
「Aと神童って、中学入る前も面識あったんだろ?」
筆箱を出しかけていた手が止まった。
顔を上げられず、そのまま無意味に机の一点を凝視する。
「神童がピアノでAがバイオリンで、一回だけ発表会? コンクール? に出てたって」
「それは神童から聞いたの?」
「え? ああ……ちょっと前にな」
頼んでもないのに記憶の引き出しが勝手に開かれ、そこから五年ほど前の記憶が飛び出てくる。
眩しすぎるくらいのスポットライト。奏でられる見事な旋律。正装した神童と私。
そして、大人たちの噂話。
『あの子はピアノの申し子ね』
『名を体で表している。まさに神童だ』
『大人顔負けじゃないかしら。表現力も技術力も申し分ないわ』
『それに比べるとあの子のバイオリン、安っぽくて釣り合ってない気がするわ』
『こんなこと言ったら可哀想だけど、神童くんの引き立て役といったところか』
『悪くはないんだけど、パッとしないっていうか』
『相応しくないわよね』
「A?」
目の前から聞こえてきた声に、弾かれたように顔を上げる。
「どうした? 顔色悪いぞ」
そこには霧野がいて、ここは教室で、コンサートホールでもなんでもなかった。
流れていく冷や汗が目に入りそうになり、慌てて袖で拭う。
「いや……大丈夫」
そうこうしているうちに予鈴が鳴った。
廊下で立ち話をしていたらしいクラスメイトたちがぞろぞろと戻ってくる。霧野も一度だけこちらを振り返りながら自分の席に向かった。
脱力感を覚えながら、突っ伏すように座る。
──サッカー。バイオリン。過去の出来事は、どれもこれも悪いものばかりだ。
音楽の世界で神童への劣等感を覚えてから、逃げるようにサッカーを始めた。
稲妻町のクラブチームに入れたはいいものの、結局途中で辞めてしまって。
それでもサッカーへの未練を断ち切れずに雷門に入ったら、神童がいて。音楽でもスポーツでも、そつなくこなす姿が羨ましくて。
どうやっても敵わない、追いつけない相手がいるんだと割り切ったら少しだけ楽になったけれど。
なんとか、普通に接することができたけれど。
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キメラ(プロフ) - 充滞さん» 充滞さん、コメントありがとうございます。そう言っていただけてとても光栄です、励みになります! マイペース更新ですが見守っていただけると嬉しいです。 (2022年5月24日 21時) (レス) id: 6fadaab96b (このIDを非表示/違反報告)
充滞(プロフ) - キャラがとても公式よりで、とてもドキドキしました!主人公が抱く神童への劣等感、羨望を感じます。木から落ちる主人公を剣城が受け止めるシーンにときめきました。この小説を作ってくださりありがとうございます (2022年5月23日 11時) (レス) @page49 id: 7d360b94a4 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:キメラ | 作成日時:2022年2月3日 23時