1 桜の出会い ページ1
桜舞う四月、春。出会いと始まりの季節。
スポーツバッグを肩にかけ直し、小走りで校門をくぐり抜ける。視界の端で自分の黒い髪が揺れた。
もう朝練は始まっている頃だろうか。遅刻したわけではないから急がなくてもいいのだけど、なんとなく走りたい気分だった。
横目で校内の様子を確認する。
今日は入学式だから、その為の最終準備が進んでいるようだった。まだ早い時間だから人は少ないけど、体育館のあたりは慌ただしい様子だ。
しかしそんな日にも練習があるとはうちもストイックだ。さすが名門、雷門中と言ったところか。
目的地──サッカー棟へは、旧部室の前を通る方が早い。
だからいつものようにそうやって行こうとしたら、部室の前に誰かがいるのに気づいた。
男子生徒。制服のぶかぶか具合から見て恐らく新入生だろう。物珍しそうに部室を眺めている。
ひょっとしてあれが現部室だと勘違いしているのだろうか。表に『サッカー部』という木札も掛けてあるから。
と──忙しなく動いていたその子の瞳が私に向けられ、視線がまともにかち合う。
茶色に天パの髪に灰色の瞳。純朴そうな顔立ち。
目が合ってしまった手前、さすがに無視するのもなんだろうと思い、一歩進み出た。
「サッカー部に用事?」
できるだけ優しく、いつもよりワントーン高い声で話しかけてみる。
私は普段無表情もさることながら、声色も冷たければ口調も素っ気ない、らしい。直そうと頑張っても、どうしても改善されない。
──自分も今日から先輩になるんだから、優しく接しないと。
果たして今この子の目に、私はどう映っているのだろうか。
「あ、はい! これ、サッカー部の部室ですか?」
男の子は頷き、旧部室に視線をやった。笑顔で答えてくれたことにとりあえず安心する。第一印象はまずまずの滑り出しといったところか。
「いや。それは記念に残してるもので、今は使われてない」
嵐が来れば吹き飛んでしまいそうなトタン小屋。
あちこち傷んでいて、なんと言うか趣がある。十年前ほどまで使われていた場所らしいが、三十年前と言っても通用しそうだ。
「そうなんですか……じゃあ今の部室はどこかわかりますか?」
「こっち。私も今から行くところだから」
「いいんですか? ありがとうございます!」
曇りのない笑顔に頷き返して歩き出す。
先輩として、ちょっとだけ世話を焼いてもいいだろうと思ったのだ。
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キメラ(プロフ) - 充滞さん» 充滞さん、コメントありがとうございます。そう言っていただけてとても光栄です、励みになります! マイペース更新ですが見守っていただけると嬉しいです。 (2022年5月24日 21時) (レス) id: 6fadaab96b (このIDを非表示/違反報告)
充滞(プロフ) - キャラがとても公式よりで、とてもドキドキしました!主人公が抱く神童への劣等感、羨望を感じます。木から落ちる主人公を剣城が受け止めるシーンにときめきました。この小説を作ってくださりありがとうございます (2022年5月23日 11時) (レス) @page49 id: 7d360b94a4 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:キメラ | 作成日時:2022年2月3日 23時