――8 ページ8
.
私が掴んでいた手を離すと亜由ちゃんはポンと私の肩に手を置いた。
「大丈夫、変なことは答えてない。名前だけ」
「……なら、いいけど」
私のファンだと言われてもその割にピアノの近くの席に座ったのは最初に来た時の一度だけだと思うんだけど。
どう考えても亜由ちゃんと話している時間の方が長いし亜由ちゃんを見ている時間の方が長い。
「ほら、もういいでしょ。ただのファンだって。店じまいしなきゃ」
「そうだね」
まぁ。
ピアノを好きだと言われるのは嫌いじゃない。
いくら私でもそこまでひねくれてないからね。
考えるのをやめて片付けに加わる。
「A、今日もいい音だったわよ」
「ありがとうございます店長」
「もう、リカコちゃんって呼びなさいよ」
「遠慮します」
店長が頬を膨らませて拗ねている。
私の横から亜由ちゃんが「店長、私向こう片づけますねー」なんて声を掛けたら、ますます頬を膨らませてしまった。
「亜由まで」
「店長、俺これ裏に持っていきますから」
「潤ちゃんまで！」
ここはとても賑やかだ。
私は笑いながら片づけをしているみんなを見ながら思う。
あの人と二人で暮らしていた家はもっと静かだった。
海の底のように、静かで暗い。
その代わりに落ち着く空間だった。
今はずいぶんと違う。
ずっと一人だった私が見つけた居場所はこんなにも明るくて、たとえ世界の片隅のような場所だとしても温かい。
「店長、着替えてきますね」
「リカコちゃんって呼びなさい！」
「善処します」
笑いながら言葉を返す。
そうすればみんなも笑ってくれるから。
仕事を終えて荷物を手にした私はまだ帳簿を見つめている店長に声を掛けた。
「お疲れさまでした。お先に失礼します」
「お疲れ様A。明日はお休みね」
「はい」
「ゆっくりしてちょうだい」
店長の優しい声に見送られてお店を出る。
後ろ手に閉めた扉がガチャンと音を立てた。
すでに世界は朝が近づいていて、遠くの空がうっすらと明るくなっているように見える。
「ふう」
今日も一日終わり。
店長の言うように明日はお休みだけど、何をしようかな。
小さく息を吐いて歩き出す。
.
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 393人がお気に入り
お気に入り作者に追加
この作品を見ている人にオススメ
この作品を見ている人にオススメ
「嵐」関連の作品
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告感想を書こう！(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
iCHiKA(プロフ) - のりさん» のり様、お久しぶりです！お待たせしてました、久々の今回は「キスしたいだけ」でございます。こちらこそ今回もありがとうございます。そう言っていただけてとても嬉しいです。お楽しみいただければ良いのですが。今回もぜひ最後までよろしくお願いしますね！ (2021年9月8日 21時) (
レス) id: ca4476f6fd (このIDを非表示/違反報告)
のり(プロフ) - キタ。今回はキスをしたいだけのお話なんですね。しかも思いがけず長編連載。ありがとうございますm(__)m 既に続きが楽しみすぎです。あ、こんにちは。お疲れ様です。余談ですが私にも亜由ちゃん同様カワイ子ちゃん(3人)がいますw (2021年9月8日 16時) (レス) id: 18c83a81d5 (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：iCHiKA
| 作成日時：2021年9月4日 16時
