三十八柱 ページ38
side 三日月 宗近
威圧しても、刀を突きつけても、首元が切れて血が滲もうとも。
新しく審神者として寄越された人の子は、表情を変えることはなかった。
「貴方様方は、神様なのです」
誰も一言も話さない部屋の中で、人の子の声だけが響く。
淡々とした、事実を述べるだけの揺らぎない声だ。
「人が羽虫を潰して怒る人はいますか？」
「おらぬ」
「なら、神が人を殺しただけで罰を与えられるなど…可笑しいことだと、思いませんか？」
「…お前は、自分を羽虫と同じ存在だと？」
「神であらせられる、貴方様から見れば」
ふと、人の子の手が視界に入る。
組まれた手の色が白くなるほどに強く握られていた。
ああ、そうか…
「…なるほど」
俺をまっすぐ見る瞳。
写る感情はひどく複雑で、その奥で一際揺らめく感情を感じ取る。
「お前は『神』が、恐いのだなあ」
一瞬、見張られた瞳は、すぐに伏せられる。
無表情ながらにもなんとわかりやすいことか。
「…私の知る神様は、理不尽で平等なのです」
「ふむ」
「公平ではなく、どこまでも残酷に平等。人はそれを受けることしか選択肢に存在しません」
ゆっくりと再び俺を射抜く瞳は、感情が抜け落ちているように『みえた』。
その実、この人の子の瞳はひどく感情的だ。
「もしこの場で私の首が落ちたといたしましょう」
「恨むか、己の運命を…目の前にいる神を」
俺は、そう言いながらも分かっていた。
目の前の人の子が、神を恨むと言う言葉を発することがないということを。
たとえ、胸の内で恨んでいたとしても。
「いいえ。私はきっと、『こうする事で神様の内の何かが平等になったのだろう』と納得します」
人の子は、神と対峙することよりも恐ろしい事など無いのだろう。
睨まれようと、刀を突きつけられようと…殺されようと。
それよりも、俺と目を合わせることの方が恐いのだろう。
「例えそれが、俺の私怨だとしてもか？」
「その私怨こそが、平等になりうる理由となるのでございます」
神の理不尽な恨みさえ平等な理由となる、か…。
それにしても、
「お前は、神が怖いのに神を従える審神者になろうとしておるのか」
「…御力を貸していただくだけです」
気まずげに視線を逸らす人の子の姿に、何かが込み上げる。
それは、久方ぶりに感じる心地いい感情だった。
「はっはっはっは…！」
…ああ、もう人を信ずる事はなかろうと思っておったのになあ。
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作者名：甘夏蜜柑
| 作成日時：2019年4月10日 21時
