零ノ弐 水面涙天落下 ページ36
【水面から浮き上がる】
苦しいわけではない。重力に逆らって浮く体は、蒼い水の中にひらりひらりと揺られた。口端から零れた泡が上昇していく。
刹那、体も水中から水面へと浮き出た。そっと瞳を開けて立ち上がる。潜っていたはずなのに、そこは浅瀬。誰もいない古湖。
『……』
立ち上がったと思う。だけれども、何時ものような感覚が消えた。体がないんだ、と理解する。瞳には確かに肉体がある。
触れれば感じられるけれど、何時もとは何かが違うように思えた。魂だけで、この場にいるんだと。疑わなかった。いや。
疑うことすら、できなかった。愛しい彼の温もりが、感じられなかった。あの人の側に行って、早く抱き締めてあげなければ。
それが、もう二度と。叶わないことも。また、理解してしまったのだ。あぁ、なんて残酷なことだ。それを悔やむ感情も忘れた。
「A」
誰かに名を呼ばれた。この優しい声は、誰だったろうか。思い出せない。それもまた、どうでも良くなってしまった。振り向く。
『母上……』
「此方にいらっしゃい」
『でも、私は』
何を戸惑っているんだろうか。行けば全てが終わるはずだ。このような曖昧な空間に、居なくて済むはずなのだ。なのに、何故。
涙が頬を伝うのだろう。浅瀬に雫が落下した。水面に波紋をつくる。まるで天から女神が落とした慈悲の雨のように綺麗な。
大切な人がいたはずだ。もう、名前も忘れてしまったが。抱き締めたいと、そう願ったはずだ。そんな人がいたはずだ。
『杏寿郎さん』
___、あぁ。この名前は誰のものだったか。
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ユリ(プロフ) - 出来ればでいいんですが、後日談的なものがみたいです (2020年8月26日 18時) (レス) id: ba2a71100d (このIDを非表示/違反報告)
セニオリス - ユリさん» 最後まで読んで下さり、本当にありがとう御座いました。またこの作品に顔を出してもらえると嬉しいです。 (2020年4月7日 21時) (レス) id: 353512f049 (このIDを非表示/違反報告)
ユリ(プロフ) - 完結おめでとうございます。最後まで感動しっぱなしでした (2020年3月2日 11時) (レス) id: ba2a71100d (このIDを非表示/違反報告)
セニオリス - アリスさん» 毎度毎度、遅くて申し訳ないです!!最近、スランプ中でして……。どうにか必死に更新をしたいと思います……!! (2020年2月23日 10時) (レス) id: 9ec8afc8ac (このIDを非表示/違反報告)
アリス - 続きがものすごく気になってそわそわして寝られません。更新頑張ってください (2020年2月21日 22時) (レス) id: ba2a71100d (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:セニオリス | 作成日時:2019年7月8日 14時