漆ノ参 かつて大切だったもの ページ32
【そしてまた、はらり】
轟く轟音が響き、遠のいていた意識が戻った。どうも可笑しい。杏寿郎は“鬼は倒した”と言っていたはずだ。なのに、この音は。
『……杏寿郎、さん?』
痛む体を起こし、立ち上がる。膝から崩れてしまいそうな感覚に顔をしかめるも、嫌な予感が背筋にひんやりとさせている。
一歩踏み出す度に、下駄の鼻緒が切れそうだ。足もふらつくし、杖でも欲しい。からんからんと下駄のなる音。自身の足音。
辛くても、しっかりと地面を踏みしめて音の響いた方向へ向かう。焦げ臭い。何かのぶつかる音。そして愛しい、彼の怒号。
『_______あぁ』
痛ましい姿に、吐息が零れた。土埃が晴れ、見えた。左目は潰れ、額や肩、恐らく肋や内蔵から出血している。荒い呼吸も聞こえる。
「生身を削る思いで戦ったとしても、全て無駄なんだよ、杏寿郎」
この鬼は、何を言っているのだろうか。生身を削り、守ろうとする彼の行為が無駄?違うだろう。そこに意思があるのだから。
「お前が俺に喰らわせた素晴らしい斬撃も、既に完治してしまった。だがお前はどうだ」
そう言って、的確に傷を述べていく鬼。鬼ならば、と告げていく。人間が儚いことなど、百も承知だ。だから失ったんだから。
「どう足掻いても人間では鬼に勝てない」
『………ぁ』
その言葉に納得してしまった。あの時、失ってしまったのはA自身が弱かったから。どれだけ自分が努力しようと勝てない。
杏寿郎があんなに傷付いているのは、どうして?それは敵わないからだ。圧倒的力をもつ強者をねじ伏せるなんて、できない。
なのに、確かに信じているのだ。絶望の感情はなかった。ただあるのは、彼のことを愛しているという事実のみが、ここにある。
____もう二度と死なせたくない
そして______…
瞳を瞑る。思い出せるのは、あの日くれた言葉だった。彼が柱になった日に、一番幸せになってしまったのはAだった。
絶対に守り抜くと、この命潰えるまで、共に寄り添い支え合おうと、幸せにすると。瞳を開けて微笑んだ。あぁ、幸せだったんだ。
これが、この物語の一片である。
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ユリ(プロフ) - 出来ればでいいんですが、後日談的なものがみたいです (2020年8月26日 18時) (レス) id: ba2a71100d (このIDを非表示/違反報告)
セニオリス - ユリさん» 最後まで読んで下さり、本当にありがとう御座いました。またこの作品に顔を出してもらえると嬉しいです。 (2020年4月7日 21時) (レス) id: 353512f049 (このIDを非表示/違反報告)
ユリ(プロフ) - 完結おめでとうございます。最後まで感動しっぱなしでした (2020年3月2日 11時) (レス) id: ba2a71100d (このIDを非表示/違反報告)
セニオリス - アリスさん» 毎度毎度、遅くて申し訳ないです!!最近、スランプ中でして……。どうにか必死に更新をしたいと思います……!! (2020年2月23日 10時) (レス) id: 9ec8afc8ac (このIDを非表示/違反報告)
アリス - 続きがものすごく気になってそわそわして寝られません。更新頑張ってください (2020年2月21日 22時) (レス) id: ba2a71100d (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:セニオリス | 作成日時:2019年7月8日 14時