参ノ壱 蛍舟 ページ16
【温かな物語】
＿＿＿ 一度だけ本当の恋がありまして
南天の実が知っております ＿＿＿
山崎方代“こおろぎ”歌集を捲っていた時だ。ふと目に止まったのは、そう綴られた文章だった。達筆な筆で書かれた文は美しく。
男なのに恋愛ものを読むなんて、と思ったが、別に他人に知られるわけでもないのだ。書斎の椅子に寄り掛かり頁を捲る。
そういえば、もうすぐ蛍の時期だ。昔は幼い千寿郎を背中に抱えて、Aと蛍の儚い光に照らされた夜道を歩いたっけ。
「懐かしいな！」
一人で笑うのも奇人のやることだが、部屋には自分一人。Aは私室で杏寿郎の任務で破れてしまった羽織を縫っている。
千寿郎も中庭で竹刀でも振っているのか、威勢の良い声が響いた。色変わりの刀の色が変わらずとも、懸命に鍛練を弟は重ねている。
ふと窓から見える廊下に視線を移した。Aが、花を生けているらしい。何処か優しい白梅香がふわりとこちらまで香ってきた。
彼処はちょうど暖かい陽日がさしこむので、彼女とは何度も其所で茶をたてて飲んだ。何だか、昔のことのようでほぅ、と息をつく。
生け花が完成したのだろうか。立ち上がった彼女の手には菖蒲池の花と睡蓮の花が綺麗で繊細な形を描き、飾られている。
涼しい風が窓から吹き込んだ。持っていた歌集の頁が捲れる。
＿＿＿ 一声は 月がないたか ほととぎす
いつしかしらむ 短夜に ＿＿＿
これまた、ずいぶんと風流な一句だ。けれど杏寿郎はその句は少し、気に入らない。まるで命の儚さを示しているようなのだ。
夜中に初鳴きを聞きに行く人とかもいるとかいうが、悲しい、寂しい声に聞こえるものだ。あの声を聞くと、なんというか……。
こっちまで胸がきゅってなって、泣きたくなる時もある。あんな夜中に、呼んでいるのやら、歌っているのやら。
『杏寿郎さん、生け花を生けましたので、書斎にでも飾っておいてください』
「む?おぉ、すまんな！ありがとう！」
『……歌集ですか?』
杏寿郎の手元にある歌集を見て、問いかける彼女。白く細い指先が、生け花からするりと離れた。代わりにそっと髪の毛をとかす。
「うむ！そうなのだ、本棚から書物を探していたのだが、気付いたら頁を捲っていた！」
『私もありますよ。日記帳を取ろうとしただけなのに、いつの間にか隣にあった本を読んでいた、とか』
「なぁ、A」
『……はい?』
「今年は三人で、蛍でも見に行こうか」
季節外れの鶯が、ホケキョと鳴いた。
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 1382人がお気に入り
この作品を見ている人にオススメ
この作品を見ている人にオススメ
「鬼滅の刃」関連の作品
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告感想を書こう！(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
ユリ(プロフ) - 出来ればでいいんですが、後日談的なものがみたいです (2020年8月26日 18時) (
レス) id: ba2a71100d (このIDを非表示/違反報告)
セニオリス - ユリさん» 最後まで読んで下さり、本当にありがとう御座いました。またこの作品に顔を出してもらえると嬉しいです。 (2020年4月7日 21時) (レス) id: 353512f049 (このIDを非表示/違反報告)
ユリ(プロフ) - 完結おめでとうございます。最後まで感動しっぱなしでした (2020年3月2日 11時) (レス) id: ba2a71100d (このIDを非表示/違反報告)
セニオリス - アリスさん» 毎度毎度、遅くて申し訳ないです!!最近、スランプ中でして……。どうにか必死に更新をしたいと思います……!! (2020年2月23日 10時) (レス) id: 9ec8afc8ac (このIDを非表示/違反報告)
アリス - 続きがものすごく気になってそわそわして寝られません。更新頑張ってください (2020年2月21日 22時) (レス) id: ba2a71100d (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：セニオリス | 作成日時：2019年7月8日 14時
