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いつの間にか雨は止んでいた。
初めて見る海は闇を具現化したみたいに大きく、終わりがなくて、月だけがキラキラと輝いていた。
｢よかった。凍ってないね
それにとっても綺麗｣
｢そうだね｣
ふっと、甘い顔で尚大くんが笑う。
真っ黒な服を身に纏った彼は死神みたいな出で立ちなのにその笑顔はあまりに優しくて、そのギャップがおかしかった。
ぬるい潮風が私たちの湿った肌を撫でる。
その風の跡をなぞるように尚大くんが私の頬を撫でて
冷たいくちびるが、私の頬に、おでこに、くちびるに
ゆっくりと触れた。
｢ふふっ、尚大くんとのファーストキスだ｣
｢俺とAの最後のキスだよ｣
不思議と怖くはなかった。
離れないように強く手を握ったから。
波はない。
夜明け前の静けさだけが、辺り一面に漂っている。
行くなら、今しかない。
1歩踏み出す。冷たい海水が裸足に滲みる。
1歩、また1歩
踏み出すごとに重たくなる足と比例するように、気分は軽くなっていく。
｢ねえ、また尚大くんの作ったオムライス食べたいな｣
｢いいよ。俺の分のお絵描きはAがしてね｣
どこからかパトカーのサイレンが聞こえる。
せっかく幸せな話をしてるのに。
ああ、もう
うるさいなあ。
｢そういえば、せっかく買ってきてくれたベゴニア
花瓶ごとだめにしちゃってごめんね｣
｢そんなのいいよ、今度は2人で種から育ててみようか｣
でももう遅い。
誰も私たちには届かない。
｢わたし、飼うならでっかい犬がいいなあ｣
｢俺も。大きい犬を飼う夢を見たんだ。
花がいっぱい咲いてる庭でAとAよりも大きい犬が走り回ってて、俺はそれを見ながら幸せだなぁって思った｣
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作者名：ベルカ | 作成日時：2023年3月21日 0時
