あふれてしまう、そのまえに。〜7〜

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目の前のその人が、こちらに足を進める。
ベージュのパンプスの柔らかなヒールの音に
これはいい靴だな、と思い


思うやいなや
ぎゅう、と抱き締められたのは
今度はAの方。


ふんわり香る甘い匂い。


よろりとよろけたまま、受け止めるしかないAは
その視界の向こうテヒョンくんと目が合うと
ふっとその瞳が細められた。


抱き締める手を離し、女性は至近距離でじいっとAを見つめてから、ふっと微笑んだ。


テヒョンくんと同じ瞳で。


「Aちゃん、

ぼくの、ははおやです。」


そう言われて、ええ？！と、ああ…！が同時に押し寄せる。

母親…
テヒョンくんの…お母さん？！


改めて目の前の瞳を見てから頭を下げると同じ様に頭を下げられた。


テヒョンくんにそっと背中を押され、
ここは改札口だった、と
後ろの人にも頭を下げて横に移動する。


若い。お姉さんと言われてもそうだね、と返せる位。
そしてどこか、…似ている。


自分はテヒョンくんのDNAに反応していたのか。
どきどきしてしまった理由が判明してAはひとり苦笑してしまう。


お母様にどきどきするとは一体全体どんだけ、か。


「はじめまして。神崎Aです。
っと、アンニョンハシムニカ、」


また違う緊張感の中、挨拶をすると
"テヒョンくんのお母さん"に、両手で手を握り締められる。


「당신을 만나서 기쁘다.

かわいっい！」


ん？かわいい？
Aがぽかんとすると、テヒョンくんがおかしそうに笑って口を開く。


「にほんご、あまり、できません。

ただ、かわいいって。」


「カ、カムサハムニダ…？」


Aは頭に浮かぶ韓国語フル稼働で
しかし出てくる言葉はこれがやっと。


Aの背中を、ぽん、と優しく叩くと、頷き微笑むその顔が儚げで
何故だろうか辛そうに見える。


更にテヒョンくんに向き合い同じ様に、いや、結構な強さでぽんぽんと背中を叩き、何かを伝えた。


「えきのうら、くるま、またせてて

いまからきこくする。みたい。」



通訳テヒョンくんの言葉が終わると
手を振り階段を降りて行ってしまった。
ヒールの、いい音が遠くなる。



「え、ええ…」

あまりに呆気なく行ってしまいAは状況を飲み込めない。
まさかの展開。
もっと話さなきゃいけないこときっとあったのに。


しかし目の前のテヒョンくんにじいっと見つめられていることに気付く。


「ふたりになれるとこ、

はやく、いこう？」


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