優しい世界《壱》 ページ28
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芥川side
寝台の奥を、僕は力をこめて見つめた。千代助はそこで眠っているはずだった。数時間前まで、そこに。
茨が少しずつ遠のいていく。青白い顔色の千代助が、女の手の内に渡る。
わかっているのに身体が動かない。まるで夢の中のように、心ばかりが焦り、身体は少しも着いていかない。
はやく、動かなくては。
なにかを云わなければならない。
身体を、腕を、足を。動かさなくては。
動け、動け、動け―――
◆
「―――廊下の真ん中に立つんじゃない!」
怒鳴り声に振り替えるまもなく、僕は壁際に突き飛ばされた。
壁には茨が這っていない。気がつけば、病院中が人であふれかえっていた。
先ほどまでのことが、夢のようだ。
通りすがる人に「茨は、薔薇の異能は、」と声を掛けても、無言で精神病棟のほうを指差されるだけだ。
あの悪夢のような出来事を知るのは、僕だけなのか。
魔性に魅せられた、ただの夢なのか。
僕はいささか信じられない思いで、突き飛ばされた箇所の痛みを頼りに、現状を思い出そうとした。
『――聞こえていますか。返答しなさい』
声を探して見渡すと、先ほどの衝撃で、床に通信端末が転がっていた。
ふたたびすれ違った医者に、「電源を落とせ」と無言のうちに睨まれる。僕は急いで端末を拾い上げ、近くの角を曲がり外へ出た。
外の廊下へ出ると、秋風が通り抜けていく。僕は受話器を耳に当てた。
「僕だ。返答が遅れた」
『メモを取れ』
受話器の向こうで、男は苛立ち気に言い捨てる。
『足立の報告書にある裏切者の討伐数と、死体袋の数が合わない。すぐに確認して来い』
僕が何かを言う前に、電話が切れる。ツー、ツー、と機械的な音を鳴らすだけになった携帯をしまうと、僕はようやくこの時の任務のことを思い出した。
これは現在ではなく、過去の記憶だ。
◆
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アバンギャルド・マボ(プロフ) - PVの方も見てくださってありがとうございます!!!いつか未来分岐のあるノベルゲーム版を書いていきたいと思っておりますので、その時は是非プレイしてやってください!! 遂行する前から読んでくださってありがとうございます…コメントめちゃくちゃ嬉しかったです… (2019年8月29日 13時) (レス) id: f747016130 (このIDを非表示/違反報告)
アバンギャルド・マボ(プロフ) - 読み込んでくださってありがとうございます(;_;) 台詞に言及してくださるのが嬉しすぎて…。 細かいことは気にしないを地で行く姿が伝わっていることが大変嬉しい!!ずるいぞお前って言いたくなるタイミングで男前を発揮する芥川が表現できててよかった!!! (2019年8月29日 13時) (レス) id: f747016130 (このIDを非表示/違反報告)
よしな。(プロフ) - あと、PV観ました。何あれすっごいですね!!音楽のセンスと文章ぴったりです!老爺ってまさか……子どもたちってまさか……と思いながら観てました笑。推敲する前から足立シリーズ好きなんですが、もっと好きになりました。 (2019年8月28日 12時) (レス) id: 97ebc294fb (このIDを非表示/違反報告)
よしな。(プロフ) - 不断の糸の芥川が好きすぎる。「どんな人生を歩んできたかなんて過去でしかない」って言えるのは君だけだよ……「文章だけで何を理解できる」か。これから大切なのは今であり未来だと言われてるみたいで。だからこのコンビは好きなんだ。 (2019年8月28日 12時) (レス) id: 97ebc294fb (このIDを非表示/違反報告)
アバンギャルド・マボ(プロフ) - わあああいつも有難う御座います!!この作品は初めて自分がシリアスに着手したやつなので、一番好きだといっていただける方がいるのが最高にうれしいです・・・これからもお付き合いください!!! (2019年7月28日 22時) (レス) id: 940de82038 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:アバンギャルド・マボ | 作成日時:2016年10月22日 0時