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おしからざりし命さえ《弐》 ページ12

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「おや。珍しい顔じゃ」


芥川が部屋を出るとき、尾崎紅葉と入れ違いになった。声に振り返ると、いつものように着飾った姿ながらも、散弾銃と硝煙、死の臭いを纏っている。


任務の帰りだろう、と芥川はすぐに理解する。静かに頭を下げれば、紅葉は足を止めて笑った。


「あれに用か?」


芥川がたった今出てきた病室を見、紅葉は言った。
 

「いえ。何か、用があったわけでは」


そう。確かに用があってきたのではない。しかし、無言で続きを待つ紅葉の目に気圧され、芥川は目を伏せる。


「ただ、顔を見なくては…ならぬ気がした。それだけです」


芥川は寝台で眠る足立一之を想った。


管と包帯だらけの、力ない腕。濃い隈を刻んだ顔。


自身より何周りも大きな人間を片手で投げとばし、豪快に笑う姿は見る影もない。
 

「ですが、あれが千代助とは信じられませぬ。まるで見知らぬ他人のようだった」


芥川は、想った通りのことを言った。それだけ、馬鹿なことをして笑う所を沢山見てきた証拠だと、芥川は思う。記憶の中の足立少年は、いつも溌剌(はつらつ)と輝いていた。


「ほうかえ。まだ受け入れられんのじゃろう」


紅葉はしばらく、芥川を気遣うように沈黙していた。ほどなくして、右手で口を覆い隠して笑う。


「……だが無様に失敗した同僚など、お前様は興味はなかったじゃろう? ミミックの残党への暴力も、敵討ちの振りをして、殺しの機会を得たのを喜んでいるだけだというのに。どんなつもりで見舞いにきたのかえ」


少し前の己を、覗き込んだのか。そう思った。


背筋を凍らせながら、見舞い目的ではないな。と芥川はおそるおそる息をつく。


尾崎紅葉という女は、足立に関わると態度が豹変する。穏やかな姉御肌がとたんに鳴りを潜め、冷酷な女鬼の顔になるのである。それは足立も同じであった。


両者の関係を表す言葉は、『不倶戴天』よりずっと血なまぐさいものになる。


その紅葉が、動けもしない足立に何の用があったのか。彼女がまとう死の臭いを、芥川は警戒して言った。


「貴女こそ何用か? 尾崎さん。あれは昏睡状態で眠り込んでいる」

「童に用などない。じゃが鴎外殿が小僧との面会を希望しているのでな。それまでは生かしておかねばなるまい」

「……生かしておく?」


殺意の混ざった言葉選びに芥川は身を硬くする。しかし十六の少年の威嚇など目にもくれず、紅葉は病室が並ぶ闇の奥を覗き込むだけだ。


やがて、小さく舌打つ。


「相変わらず間の悪い奴じゃな。芥川」

おしからざりし命さえ《参》→←おしからざりし命さえ《壱》



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アバンギャルド・マボ(プロフ) - PVの方も見てくださってありがとうございます!!!いつか未来分岐のあるノベルゲーム版を書いていきたいと思っておりますので、その時は是非プレイしてやってください!! 遂行する前から読んでくださってありがとうございます…コメントめちゃくちゃ嬉しかったです… (2019年8月29日 13時) (レス) id: f747016130 (このIDを非表示/違反報告)
アバンギャルド・マボ(プロフ) - 読み込んでくださってありがとうございます(;_;) 台詞に言及してくださるのが嬉しすぎて…。 細かいことは気にしないを地で行く姿が伝わっていることが大変嬉しい!!ずるいぞお前って言いたくなるタイミングで男前を発揮する芥川が表現できててよかった!!! (2019年8月29日 13時) (レス) id: f747016130 (このIDを非表示/違反報告)
よしな。(プロフ) - あと、PV観ました。何あれすっごいですね!!音楽のセンスと文章ぴったりです!老爺ってまさか……子どもたちってまさか……と思いながら観てました笑。推敲する前から足立シリーズ好きなんですが、もっと好きになりました。 (2019年8月28日 12時) (レス) id: 97ebc294fb (このIDを非表示/違反報告)
よしな。(プロフ) - 不断の糸の芥川が好きすぎる。「どんな人生を歩んできたかなんて過去でしかない」って言えるのは君だけだよ……「文章だけで何を理解できる」か。これから大切なのは今であり未来だと言われてるみたいで。だからこのコンビは好きなんだ。 (2019年8月28日 12時) (レス) id: 97ebc294fb (このIDを非表示/違反報告)
アバンギャルド・マボ(プロフ) - わあああいつも有難う御座います!!この作品は初めて自分がシリアスに着手したやつなので、一番好きだといっていただける方がいるのが最高にうれしいです・・・これからもお付き合いください!!! (2019年7月28日 22時) (レス) id: 940de82038 (このIDを非表示/違反報告)

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作者名:アバンギャルド・マボ | 作成日時:2016年10月22日 0時

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