蜘蛛の糸、二十五本目 ページ27
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「龍之介。ずっと昔のことですけれど、私には想う方がいたのです。若い心と生命とを燃やすほどの恋を、…その方との恋を、幾らでも夢見ました」
「―――――。」
「けれど片足の靴を落とすだけで、かの殿方が私の元へいらっしゃるほど、私には姫君の素質はありませんでした。いつか恋に燃えていたはずの炎は、焔に変わってしまったのですから」
「…魚の骨が喩えあっても、祈らぬのか」
「それなら、一度で良いから、殿方と踊らせておくんなさいとお願いしましょうか」
いえ。そんな贅沢なことは言いません。
もう一度、お会いしたかった。
『もう一度貴女の元をおたずね致します』と柔らかく微笑んでくださった通り、もう一度だけでもお会いしたかった。
「ふふ、葉限も、シンデレラも、結婚して幸せに暮らせるだなんてずるいわ。…私の最期は、こんな蜘蛛だもの。…………憎さあまりに、愛したはずの殿方を燃やした、鬼ですもの、」
「お前、仏より教えを授かったと言ったな」
「…ええ」
「ならば踊り方を知っているだろう」
予期せぬ言葉の意味を尋ね返そうとしたとき、ふ、と身体が持ち上がったような感覚がしました。
硝子瓶越しに、龍之介の黝い瞳が見えます。
しゅるゆると
天井はお月様の浮かんだ夜空一つに変わりました。
強い光の下で、龍之介が屈んだような、不思議なポーズをとります。
それには覚えがありました。彼が、影絵を子供たちに見せる時の姿です。
私は動かない身体を叱咤して、瓶の底を這いずり、真下をじっと眺めました。
崩れた煉瓦の地面には、月の影で縁取られた、瓶を持った少年がポツンとあるだけです。
すると、龍之介の作り上げた歪な布切れの影は次第に膨らみ、ドレスの形をとりました。
少しずつ、歪ながら、影の中の私たちがおめかしをした女の子のように姿を変えていきます。
「…嗚呼、これは、」
最期に、赤い光を纏って蠢くドレスを纏った少女が、影の世界で一礼をしました。
もう一千年も前になくしたはずの人の体が、影絵の中で蘇っていたのです。
「これでは不十分だ。殿方が居ない」
「…いいえ、いいえ。十分です。……これ以上は、ありません」
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伊織 - もう好き...!最後ウルっときましたよ。というか泣いちゃいましたよ。ほんと構成がお上手で...。芥川先生の作品たくさん使ってるの凄い好きです。千代の方も読んでるのですが作者様天才ですね。感動作品をどうもありがとうございます...! (2021年5月22日 18時) (レス) id: 399c3e6058 (このIDを非表示/違反報告)
アバンギャルド・マボ(プロフ) - コメントありがとうございます!!初めて書いた女主人公が蜘蛛(雌)ェ……とはいえ、実は人間だった頃が誰なのか、モチーフが居ますので、もしも暇だったら蜘蛛の前世当てクイズに挑戦してみてください笑笑 意外にも多くの方に読んでいただけて嬉しい…(芥川はいいぞ…) (2019年4月2日 11時) (レス) id: ea18c173c6 (このIDを非表示/違反報告)
多田野メガネ(プロフ) - どうも多田野です。千代の記以外の、それも女(雌?)主人公が新鮮でした(°▽°)突然の告白ですが、所々に芥川作品要素を垂らしていくマボ様が好きです。 (2019年3月27日 13時) (レス) id: d89d5986ef (このIDを非表示/違反報告)
アバンギャルド・マボ(プロフ) - ありがとうございます!!何も考えずに三時間で書いてみるチャレンジで、殊の外うまく書けたものなので完結させてみることにしました笑笑ギャグシリアス、展開などこれっぽっちも考えず、思いつきで書いております。とても短いお話ですが、最後までお付き合いください! (2019年3月25日 16時) (レス) id: ea18c173c6 (このIDを非表示/違反報告)
柘榴※惰眠愛してる(プロフ) - 新作おめでとうございます! (2019年3月25日 0時) (レス) id: cf0e41908a (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:アバンギャルド・マボ | 作成日時:2019年3月25日 0時