蜘蛛の糸、十六本目 ページ17
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「日は暮れるし、腹は減るし、その上もうどこへ行っても、泊めてくれる所はなさそうだし――こんな思いをして生きている位なら、いっそ川へでも身を投げて、死んでしまった方がましかも知れない」
―――しかし、起き抜けに知り合いの声でこんなことを言われては、人の心がどうだと鷹揚に構えている暇はありません。
「(…………龍之介?)」
物騒な話です。
水で死ぬのは良くありません、せめて絞首になさいませ、と声を掛けるのは少し違う気がしますが、とかく死に方は重要です。
早く何事か起こる前に、とはやる気持ちもつかの間のことです。
それが龍之介の声であって、龍之介の声でないことは、次第にわかりました。
「男はひとりさっきから、こんな取りとめもないことを思いめぐらしていたのです」
それは、いつもの龍之介のお話だったのです。
彼の口を借りて、彼の物語の語り部が喋っていたのです。
月明かりの元で、小さく狭い当麻を編んだような掛け布団に身を寄せ合い、
龍之介の話を聴くために仲間たちはじっと耳を凝らしておりました。
語りに耳を傾けているのは、なにも彼らだけではありません。
仲間以外の子供たち、露店を営むランプ屋の爺も、武器商人の男たちまで。
果ては私のような虫畜生を相手に纏わり付いて離れない、睡魔のような何かさえもが、すっかり龍之介の物語に夢中です。
お陰で私はほんの少しだけ解放されて、こうして龍之介のお話を聞くことができます。
「……するとどこからやって来たか、突然彼の前へ足を止めた、片目眇(すがめ)の老人があります。それが夕日の光を浴びて、大きな影を門へ落すと、じっと男の顔を見ながら、『お前は何を考えているのだ』と、横柄に言葉をかけました」
龍之介はそこで切ってから、隣の絵描きの男の子が瞼を重くさせているのを見て、簡単に話を切り上げることにしたようです。
「この老人は、金持ちになる方法を男に教えた」
「どんな方法だったんだ?」
作った言葉を捨てた龍之介は、少し話し下手になります。
それを扶けるように、兄貴分の男の子が合いの手を入れました。
「…初めは、夕日の陰になった己の影法師の頭。次は腹。怪しげな老翁は、その部分の土を掘り返せと教えた。
すると、男はいかな皇帝をも凌駕する、絢爛たる暮らしを毎夜続けるだけの財宝を立ち所に得る。
都中の人間が男に挨拶を交わし、その者は幾人とは利かぬ友も得た。
金の底が尽きれば絶えるだけの、軽薄な友情に違いなかったが」
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伊織 - もう好き...!最後ウルっときましたよ。というか泣いちゃいましたよ。ほんと構成がお上手で...。芥川先生の作品たくさん使ってるの凄い好きです。千代の方も読んでるのですが作者様天才ですね。感動作品をどうもありがとうございます...! (2021年5月22日 18時) (レス) id: 399c3e6058 (このIDを非表示/違反報告)
アバンギャルド・マボ(プロフ) - コメントありがとうございます!!初めて書いた女主人公が蜘蛛(雌)ェ……とはいえ、実は人間だった頃が誰なのか、モチーフが居ますので、もしも暇だったら蜘蛛の前世当てクイズに挑戦してみてください笑笑 意外にも多くの方に読んでいただけて嬉しい…(芥川はいいぞ…) (2019年4月2日 11時) (レス) id: ea18c173c6 (このIDを非表示/違反報告)
多田野メガネ(プロフ) - どうも多田野です。千代の記以外の、それも女(雌?)主人公が新鮮でした(°▽°)突然の告白ですが、所々に芥川作品要素を垂らしていくマボ様が好きです。 (2019年3月27日 13時) (レス) id: d89d5986ef (このIDを非表示/違反報告)
アバンギャルド・マボ(プロフ) - ありがとうございます!!何も考えずに三時間で書いてみるチャレンジで、殊の外うまく書けたものなので完結させてみることにしました笑笑ギャグシリアス、展開などこれっぽっちも考えず、思いつきで書いております。とても短いお話ですが、最後までお付き合いください! (2019年3月25日 16時) (レス) id: ea18c173c6 (このIDを非表示/違反報告)
柘榴※惰眠愛してる(プロフ) - 新作おめでとうございます! (2019年3月25日 0時) (レス) id: cf0e41908a (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:アバンギャルド・マボ | 作成日時:2019年3月25日 0時