糸を手繰っておいでなさい【文スト】

蜘蛛の糸、一本目 ページ1

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人間には、郷里というものがあると聞きます。

私のような蜘蛛畜生にも「郷里」と呼ぶべきものがあるとするなら、
そこは「地下の果て」と申すべきでしょうか。

生まれて数ヶ月もたたない虫ケラである私にも、そこが人間の行き着く最期の場所であるかのような、如何ともしがたい終末観は見てとれました。

死んだ犬を鼠が食い、
その鼠を猫が食い、
猫すら食うのは人の子で、
死んだ人の子を犬が食う。

「あらあら。地獄に戻ってきてしまったかしら」

率直な感想でございました。
だって私が見てきた世界と、少しだって変わってないんですもの。

もう少し良いものを食べたって良いじゃありませんか。
死んだ身体は、弔ってやればいい。

狩で奪った命でないのなら、どうして輪廻の道に返してやろうとは思わないのか。
蜘蛛の私にだって、この光景が悲しいものであるのはわかってしまいました。

どういう因果か、仏様から知恵を授かり、人と同じだけモノを考えられるようになった私にとって、仏の教えは宗教でも何でもなく事実でしかありません。

信じるも信じないも、私は仏様から知恵を授かったんですもの。

仏様は知り合いです。
輪廻転生も地獄も、この沢山の目で見てきたところです。

ですから此処が、地獄よりもよっぽど地獄的な世界であることは、実感として理解しておりました。

「嗚呼、まただわ」

また、弔うこともせずに、悲しくも生き絶えた体に犬が群がっております。

残念なことに、犬たちが群がっているのは生き倒れている子供でした。


人の子だから命が重く、犬であるから命が軽いとは申しません。
ただ、子供の屍が犬に集られているというのを見て、悲しくならない者はいないでしょう。

どうしてだなんてお聞きにならないでくださいませ。
意地が悪いわ。貴方は人の子ですもの、わかっていらっしゃるくせに。

「こら、こら。お辞めなさい」

こうして犬たちに声を張り上げてしまう私の気持ちもお分かりになるでしょう？

どうせ死んでいるのだから放っておきなさい。
犬だって、食べなくては命が持ちません。

何より、三寸ほどの大きさもない蜘蛛風情に、ずっと図体の立派な犬に何ができるのか。

そういう言葉も耳には入りませんわ。
だってとっても、悲しかったんですもの。

犬なら犬らしく、狩にでかけなさい。
そうして仕留めた獲物にありついて、気高く野生を生きなさい。

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