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段差を飛び越える音が日芽の耳に聞こえた。それきり、彼女の意識は目の前の便箋に向く。
死んだ人はもうどこにもいない。でも、出したことにはできる。いったいそれに何の意味があるのか。それを問おうとしてやめたのは、つい最近まで自分が同じことをしていたからだった。
『サクラバヒラク様』
まず、便箋の一行目に宛名を書いた。もうどこにもいない人の名前。ただの人の名前じゃない。親友の名前。最も大切だった人の名前。そして、世界からも大切にされるべきだった、なのに失われてしまった人の名前。
『あなたがいなくなってから、何度春が巡ったでしょうか。時間が経るごとに、いろんなことがつまらなくなるばかりです』
彼の死後、日芽にはしばらく歌えない時期があった。今回のように物理的にではなく、不思議と。歌とは、いつもの発話に節回しと音調をつけたもの。それに、世の中にはもう既にたくさんの歌がある。ありとあらゆる状況、あらゆる時間帯、あらゆる感情が網羅できるくらいに。
けれどどうしても歌えなかった。理由なんて誰でも説明できる。親友の死によるショック。それを彼女の言葉で説明するなら――自分が歌っているのに、ヒラクは絶対にそれを聴いてくれないのだ、ということが耐えられなかった。初めて自分の言葉を正面から聴いた、そしてずっと聴くはずだった、勝手にそう信じていたヒラクが、いない。
『あなたは驚くでしょうか、それとも「当然だ」と笑ってくれるでしょうか。少し前まで、私はとても大きなステージに立っていました』
そうすれば、ヒラクがこの中のどこかにいるのだ、と錯覚できたから。だから、ステージは大きければ大きいほど、眩しければ眩しいほど、観客は多ければ多いほど都合がよかった。どこかにいる。どこかにいる。どこかにいる。私が見つけられないだけで、彼はまだどこかに、いるのだ。――死体の入った袋も既に見てたくせに！
『どうやったかって？ あなたがいた頃とあまり変わりません。ちょっと極端にしただけ。作りごとを書く。ないものをあるように歌う。愛。希望。光。未来。そういうことを歌う。それだけ』
あってたまるかそんなもの。
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