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それ以来、彼は「ヴァイス・スフォルツ」という存在について考えないようにしていた。考えることが、彼を傷つけることに繋がってしまうから。
けれど、あの傷ついた表情はもしかしたら、「自分の質問に答えられないこと」に傷ついていたのではなく、「思い出せない」ことに繋がっているのではないか？ だったとしたら。
「……おれ、やっぱりおっちゃんのこと、なーんにも知らないよ」
うがいをして、ベッドに向かう道中で、彼は独り言のように言った。
＊
いつも世話かけて悪いな、ローシャ。ありがとう」
「ううん！ おれは好きでやってるもん」
そんな会話をしたのは、ロスティスラーフがヴァイスを寝床に横たえる手伝いをした後だった。ヴァイスには片足がない。老いて筋力が衰えつつある今、日常生活の中で一人で行うのが難しいことが少しずつ増えてきていた。
そうしたところで、ふとベッドの横にあるサイドテーブルに目が行った。そこには、枕もとを照らすためのランプと――中身が入っていると思われる封筒が一つ置いてあった。
「おっちゃん、この手紙は？ 明日出しに行こうか？」
「ああ……いや」
ロスティスラーフの言葉を聞いて、ヴァイスは少し口ごもった。
「字の練習に書いたものだよ。出しても意味がない」
「出しても意味がない、って……」
繰り返したロスティスラーフの声に落胆の色を読み取ったヴァイスは、慌てて言葉を足した。
「いや、ごめん。お客さんたちへ失礼になることを言ったな。無駄だ、って言ったのは……この手紙が誰に向けて書いた物なのか、分からないんだ」
そう言ってヴァイスは封筒を取り上げ、中身の便箋を取り出した。そこにはまず宛名書きがある。「加賀 銘さま」と書かれていた。
「かが、めいさん？」
「そう読むかどうかの自信もない。……ただ、ふと思い立って、気づいたら書いていたんだ。だから内容も、意味も何もない」
読むか、とヴァイスは便箋をロスティスラーフへ差し出した。ううん、と彼はそれを突き返す。その目には、光が宿っていた。
「だって、それを読むのはその、『加賀銘』さんだ」
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