恋文(四) ページ37
「では、この差出人の没年の記録が必要になるね。ひとまずそこを当たってからまた考えよう」
そう言いながら、史は木箱を元の棚に戻した。続いて、別の木箱を持っている。そこには本が一冊入っていた。
本の両端を持つと、ある場所でページがぱっくりと開いた。そこには、栞、というには少し大ぶりな紙が挟まっていた。
「これは、かなり見込みのある資料。どんな意味があるものなのか、多くの人に聞きたくてね。ぜひ、君達の意見を聞かせてくれ」
そこには、端正な字でこうあった。
『私が誇れるあなたであってください
2300.7.9 Bernadette・lesoir』
＊
「『私が誇れるあなたであってください』……」
「後半は旧言語ですね。ベルナデッタ・ルスワー……ベルナデッタ・ルスワール？！」
「おや、八嶋先生はご存じだったかな？」
二人で字面を音読する途中、朝陽は驚いたように声を上げた。ぴんと来なかったロスティスラーフは、前に立つ史に小声で「有名な人？」と聞いた。
「協会の座学でも一応教わってるはずだけど、一応おさらいしようか。裏図書館協会の初期メンバーであり、通称『ルスワール全集』の主要著者並びに編者だよ」
主要著者並びに編者。分かっていないようにロスティスラーフは繰り返した。
「話は大戦争終結後、統一政府がどうにか統一語制定までこぎつけたはいいものの、それが原因で多くの論争が生まれたんだ。その中の一つが、いわゆる『物語論争』だ」
そこで言葉を切って史は朝陽の方を見た。きょとん、と彼女は視線を返す。
「じゃ、続きはお願いしていいかな八嶋先生！」
「え？！」
「何を端折ればいいか分からなくなる。このままだと二時間でも三時間でも俺はこの話をするよ」
分かりました、と朝陽はため息を吐きつつ史の続きを受け取る。
「『物語論争』を引き起こしたのは、こんな主張です。『旧言語を捨てたのであれば、その旧言語で紡がれた物語も捨てるべきだ』。言語を一つにすることでコミュニケーションを円滑にしようとしたので、今度は多様なバックグラウンドをやめて一つの物語・価値観の中で生きていくべきだ、というものです。現在からすれば荒唐無稽な議論ですが、当時は大戦争のショックが大きくそれなりに広まりました。事実、初期に図書館協会が対立した“ア”の主張も、こちらを拠り所の一つとしていたようですし」
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