恋文(一) ページ29
「と、いうわけで。お願いできるかしら？ 文美ちゃん」
「断ってもいいなら断りたいんだけれど？ どうなの、局長さん！」
今日の郵便局は、いつもより軽やかな空気が漂っている。
その原因は、空席なことが多いカウンターに座っている竜胆文美と、その向かいにいる美波小百合だった。楽し気にころころと笑う小百合に、文美は苦虫を噛み潰したように顔を顰める。
「無理強いはしないけど、文美姉が受けてくれるんなら受けてくれたら嬉しい！」
手紙の整理をしながら、ロスティスラーフが答える。それでどうなの、文美ちゃん？ いたずらっぽく小百合が聞いた。
「……ああもう、分かったわよ！ あの男が恋人と他人の言葉、筆跡の区別すらできないって分かったら一興だものね」
そう言いながら、文美はカウンターの上に小箱を二つ出した。蓋を開く。中身は、色とりどり、様々な種類の紙が入ったものが一つと、様々なペンやインクが入ったものが一つだ。
竜胆文美は、この郵便局の非常勤の局員だ。ただ、仕事は配達や集荷を主に行うロスティスラーフとも、手紙の整理や受付を行う者とも異なる。今、彼女がカウンターの上に出したものが彼女の仕事道具――彼女の仕事は、「代筆」なのだ。
郵便制度が整ったとはいえ、現在はまだ自分で文字を書けない人間が多くいる。文字が書けない者が、それでも出したい手紙。それもまた「届かない手紙」だ、とこの郵便局では手紙そのものの代筆も受け付けている。代筆は、この郵便局に勤める者なら誰でも携わる仕事である。しかし、竜胆文美の仕事は別格だった。
たとえば、ロスティスラーフが代筆をするときはとにかく丁寧な字で書くことと、相手が言った言葉を一言一句違わず書くことに集中する。しかし、文美の仕事の仕方は異なる。まず、相手の話を丹念に聞く。そして、そこから紡ぎ出された言葉を、様々にあるレターセット、筆記用具、インク――無限にも思える選択肢の中から、選ばれてしまえば「これしかない」と思わされるような字で、書くのだ。字体も手紙によって全く異なる。だから、どこから聞いたのか、「竜胆さんがいると聞いて」と来る客もいるくらいだ。
「でも不思議なのよねえ。文美ちゃんと史さんって似てるんだもの。ほら、この前文美ちゃん言ってたでしょう？『言葉は乗り物だ』って」
小百合が言った。その言葉ならロスティスラーフも覚えていた。
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