プロローグ ページ1
群青色のジャケットは下衣とお揃い。まだ新品で、傍目から見ると「着られている」感は否めないが、ロスティスラーフはそんなこと気にしない。首に巻いた白いアスコット・タイを整え、鏡に映った自分を見る。鏡に向かって、気を付け。表情もびしっと決めてみる。かっこいい。最初は首元がきつくて仕方がなかったけれど、そのきつさすら大人の象徴に思えるから我慢できる。むしろ快い。
鏡に映った自分があまりにも「びしっ」としているから、完璧にしたくて、横に掛けてあった帽子を被る。上着と同じ色の官帽。もう一度鏡を見ると、ちょっと曲がっていた。真正面に向くよう直す。……完璧！ 鏡の中のロスティスラーフは、へへ、と自慢げに笑った。
それでは出発、としようとしたところで自分が洗面台に立った理由を思い出す。顔は洗ったから、そう、次は髭剃りだ。鏡越しではあまり目立たない気もするけれど、接客業は第一印象が大事らしい。ぶしゅう、と缶からシェービング剤を出し、右から慎重に、慎重に……
「痛っ！ あっ！」
最後のひと剃り、という所で勢い余って刃が滑る。鏡の向こうの頬には赤い線が一本通っていた。顔をすすぐと沁みる。もう一度鏡を見る。一瞬何の変哲にもない頬に見えたが、じわり、とまた赤い線がにじみだす。
ばんそこうー、と大声で言うと、救急箱の中―、という返事がしたのは一階から。まずい。おっちゃんはもう準備ができているんだった！ そう思ったロスティスラーフは、頬を押さえながら慌てて走り出した。スリッパをはき忘れていたものだから、その途中で磨いたフローリングですてんと転ぶ。慌てて帽子を拾いつつ救急箱の下へ。絆創膏は貼る時少しシワになってしまったがこの際よしとする。そのまま慌てて階段を駆け下り、一階に増設した「表」の部屋へとびこむ。
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