第84話 ページ37
桜乃side
気付けば、私の前にAさんが両膝を付いていた。
南と呼ばれていたその人は、Aさんの後ろで鼻と口元から血を流し倒れている。
「……A、さ」
口に出した声は、思っていたよりも震えてしまう。
乱れた前髪からこちらを覗いている瞳はいつもみたいに優しくて、今浮かべている笑みだって私が知っているAさんだった。
「ごめん」
眉を下げて、そう口にされた言葉は掠れていて、少し震えているようにも聞こえた。
「怖い、思いさせた。……嫌な、思いも、させたな」
伸びてきた左手は、私に触れる直前でピタリと止まる。
そして、堪えるように拳を握って、私に触れることなく彼の太腿へと降ろされた。
異様に腫れているところもあって、人差し指に至っては曲げられてなくて。
ひどい怪我、そう思いながらAさんを見れば、額や鼻と口の端からも血を垂らしている。
頬は赤く腫れているし、袖が捲られている腕も腫れていて、制服のシャツも土や血で汚れていて……。
少し丸められて前屈みになっている彼が、痛々しくて、大きいはずなのに小さく見えて仕方なかった。
「すごく、怖かった」
「……ああ」
「あの人にキ、スされたとき、すごく、嫌だった」
「……ああ」
「……Aさんも、怖かった」
「……っ、ごめん」
いつものように敬語ではなく、私は思った言葉をそのままぶつけていた。
私の言葉に、Aさんは左手で顔を覆い、俯く。
右手は変わらず拳が握られていて、強く握っているからか微かに震えている。
「でも、Aさんが来てくれて、あ、安心して……っ、嬉し、くて。……でもっ、やっぱり人、を、殴ってるAさんは、怖かっ、たぁ……っ」
ぐずぐずと、鼻を啜りながら泣き出してしまう私を、Aさんは「……ごめん。ごめんな」と消え入りそうな声で繰り返していた。
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「……じゃあ、な」
家の近くの公園まで送ってもらった。
Aさんはバイクに跨ったまま、俯きながら小さく笑う。
「今日の俺が、本当の東 A。南のことだから、桜乃ちゃんに俺のこと話したと思う。……多分、あいつの言葉に嘘はねぇよ。桜乃ちゃんとはつり合わねぇ糞野郎、それが俺なんだ」
俯いているから、彼の黒髪で目元は隠れていて口元しか見えない。
唇を噛んで、目元を覆っている。
「……今なら、まだ桜乃ちゃんを自由にしてやれる」
そして、掠れた声で言った。
「……別れるか?」
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バンビ(プロフ) - 真理さん» 現在更新のペースがかなりゆっくりになってしまっていますが、時間を見つけて更新をしていきますので、今後ともよろしくお願い致します。 (1月25日 23時) (レス) id: ff777945fb (このIDを非表示/違反報告)
真理 - バンビさん» 続きまだですか? (1月24日 7時) (レス) id: e1f8464f5a (このIDを非表示/違反報告)
バンビ(プロフ) - リコさん» ありがとうございます。今後も楽しみにして頂ける様に更新していきます。 (2021年7月18日 11時) (レス) id: ff777945fb (このIDを非表示/違反報告)
リコ(プロフ) - 続きを楽しみにしてます! (2021年5月9日 6時) (レス) id: 8b5e530447 (このIDを非表示/違反報告)
バンビ(プロフ) - 紗衣さん» ありがとうございます。非常にゆっくりな更新になっていますが、楽しみにして頂ける様に頑張ります。 (2021年4月10日 0時) (レス) id: ff777945fb (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:バンビ | 作成日時:2020年9月4日 12時