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第九波 ページ10

大石は男が出て行った扉を見つめていた。
機嫌良く呑んでいたというのに、水を差された気分だった。

「……で、近松、なんの話をしていたんだったか」
漸く視線を戻しそう言った大石に、隣に座っていた近松は一瞬怪訝そうな顔をするもすぐに答えた。
「はい、この前私の弟が雨の日になぜか転び、水溜りに思いっきり突っ込んだ、という話を……」
そういえばそうだった、と大石の思考がようやく動き始めた。近松の家庭の事情はよく知らないが、彼の弟は奥田という名字だ。そして看護手として軍で働いていた。
「あいつ、看護手なのに転ぶとはなあ。もし戦場で同じことをすれば一大事だ」
近松は情けなさそうに笑った。その顔を見て、何故か大石はまたさっきの男を思い出した。確か、あの吉良が率いる政党の一員だったはずだ。国会で見かけたことがある。
しかし、彼は何か違和感を覚えていた。先ほど視線を合わせた時、遠い昔の出来事が脳裏に蘇った気がしたのだ。自分でもわからないが何かが引っかかる気がした。
「山吉新八郎、か」
唐突に名前が口をついて出てくる。それに自分で驚きつつも、あいつの言動には注意したほうがよさそうだ、と彼は心に留めた。

彼のその呟きに、近松は再び戸惑い眉をひそめた。大石に対し大尉、と呼びかけようとした、瞬間だった。居酒屋の扉が勢いよく開かれる。中にいた人全員の視線を集めながら、息を切らした男が入ってきた。
大石はその男を見てすぐに腰を上げた。
「萱野軍曹じゃないか、何があった」
只事ではないと察し、そう問うた大石に、駆け込んできた男――萱野三平は呼吸を整えながら言う。
「大尉、二時間ほど前北京の盧溝橋で軍事衝突が起こりました」
大石と近松は同時に目を見開いた。
「何故、中国と衝突など……!?」
思わず言った近松に、
「詳細は後ほど。首相がお呼びですので早く官邸へ」
と萱野は早口で答えた。そしてそのまま他の人に知らせに走るのだろうか、慌てたように居酒屋を飛び出していく。
「……近松、戻るぞ」
大石は平静を装いながら静かに言った。
首相の和平工作はこれで壊れた、しかもこうなれば軍部が黙ってはいないはずだ。
――これは、大変なことになった。
もはや隠しきれぬ動揺が大石の脳を支配していた。

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嵩画鯉城@トラ!トラ!トラ!(プロフ) - 月読命さん» ありがとうございます(o^^o) そうなんですね〜、死後百年ですか…この小説の舞台は若干微妙な年代なので、その辺り気を付けて書いていこうと思います。 (2017年10月6日 18時) (レス) id: 3ce9c05f06 (このIDを非表示/違反報告)
月読命 - 更新がんばってください!ちなみに歴史上の人物の場合、死後およそ100年で名前をかってに使われない権利みたいなのが消えるみたいです。 (2017年10月2日 20時) (レス) id: 3990fcd378 (このIDを非表示/違反報告)
蘭秀@ニイタカヤマノボレ(プロフ) - あんこ(ろ)餅さん» コメントありがとうございます。歴史上の人物を使用する場合はオリフラを外す必要はない、と聞いたのですが…。ちなみにww2の内容については実在する団体は一切使用しておりません。 (2017年6月19日 7時) (レス) id: c435ca72cc (このIDを非表示/違反報告)
あんこ(ろ)餅 - これはオリジナルですか?実在する団体などを使用してる場合はオリジナルフラグを外してくださいね (2017年6月19日 7時) (レス) id: db0d61df1d (このIDを非表示/違反報告)

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作者名:蘭秀、鯉城 x他1人 | 作者ホームページ:   
作成日時:2017年6月11日 19時

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