吾、忠誠故に國家逆襲致し候

第十波 ページ11

翌日…臨時国会の前日の朝6時。
帰宅していた者が呼び戻され、官邸の会議室に下士官以上の軍人…伍長から大尉まで、およそ60人が押し込まれた。
堀部安兵衛は、その会議室の定席に腰を下ろしつつ、今まで体験した事のない緊張を感じていた。
何かあったのか。
皆考えている事は同じで、周りの顔にはどれも不安の色が滲んでいる。
隅に置かれた扇風機が室内の空気を循環させているが、汗臭さと視界の七割を占めるガタイの良い軍人達の所為でまったく涼しく感じられない。
まだ6時なのに、と額に滲む汗を拭う。

がら、と戸の開く音が響いた瞬間、もはや反射とも言える速さで全員がざっと立ち上がる。
室内にいる軍人全員がぴっと背筋を伸ばした。
浅野中佐だ。その隣には、もはや定番とも言える資料を何枚か抱えた片岡がついている。
扉のすぐ横に立っている兵にこの部屋の人数を確認してから、「楽にしてくれ」と言った。
その言葉で全員が座る。

「昨夜午後10時40分頃、盧溝橋東北方で軍事演習をしていた支那駐屯軍が中国の国民革命軍から発砲を受けた。」

ざわ、と一瞬会議室の空気が揺れた気がした。

「攻撃を受けた中隊は、豊台の大隊と合流すべく盧溝橋の東方にある西五里店へ向かい、合流後、一文字山を占領。
そして北平から日中合同調査団が出発し、現在も宛平県城内で交渉中だ。
また、4時20分再度の銃撃を受け、大隊は一文字山から龍王廟へと攻撃前進。
中国側から”城外にいるやつに対しては、一切日本側のご自由にお任せする”との事、また、宛平県城の攻撃は猶予してほしいとの要望を受けた。日本軍はこれを承諾し、先程5時30分…龍王廟の東北500メートル付近で、全面衝突。今も戦闘は継続中である」

浅野の口から告げられる現状に、その場の全員が息を飲んだ。
堀部も、唾を飲み込んだ。
ごくりと意外と大きな音がした。

「陸軍中央には既に伝わっている。恐らく海軍もだろう。
これを機に中国に”一撃”を加えて事態の解決を図ろうとする拡大派と対ソ軍備を優先しようとする不拡大派で割れているようだ。」

淡々とした様子で浅野が言う。

「満州の事もある。ここから長期戦になると見ている」

そして、「連合国側との交渉も難しくなってしまった」とつけ加えた。
連合国と相手をする。さらに背後には中国軍がいる。そしていつ出て来るかわからないソ連。
さぁて、大変な事になったな…と堀部は心の中で呟いた。
…明日の臨時国会で全て決まる。

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