母の時間 ページ21
丁度今日みたいな、肌寒い日だった。
私は人より少し手が大きくて
それが昔からコンプレックスで
楽器は演奏しやすいけれど、好みの手袋はなかなか見つからないし、なんだか少し可愛げに欠ける気がして
でも
『そんな事はないよ。女性らしい綺麗な手だ』
それでも彼の手の中には、私の手は嘘みたいにすっぽりと収まってしまって
それがとても嬉しかった。
恋人同士になったばかりの、ほんの一時の記憶
未だにはっきりと覚えている。
「あの人は案外子煩悩な所があるんですよ」
「息子が生まれたばかりの頃なんて、それはもう、見てて恥ずかしくなるくらいに猫っ可愛がりして」
そしてその大きな手は、いつしか教鞭を執り、生徒達を導くものへと変わって
小さな息子を抱き抱えるための手になった。
「息子には絶対に、理不尽に命を奪われるような事があってほしくない」
「学校や社会にはびこる虐めにも打ち勝つ事ができるような、誰にも負けない強い子になってほしい」
「息子が大切だからこそ、こんな願いを…愛情を拗らせてしまっていたんです」
殺せんせーはゆるやかに目尻を下げて、満足気に、ただ黙って聞いていた。
「主人はあぁ見えて不器用で、完璧でありたいからこそ人との接し方を見誤ってしまう事もある」
私は軽く笑って見せた。
「けれど、根はとても優しくて、ひたすらに真っ直ぐな人」
「何年経っても、主人はとても眩しい存在です」
殺せんせーは、柔らかい笑みを浮かべたまま口を開いた。
「えぇ。お迎えも来たようですし、この後はお二人でお話ください」
背後の気配に振り返ると、そこには彼の姿があった。
木製の扉に寄りかかり、呆れ交じりの笑顔を浮かべている。
「學峯さん」
「連絡は確認してくれないと困るな」
「あら、ごめんなさいね。ついお話に夢中になってしまって」
携帯を見ると、想像より多くの時間が経過していた。
慌てて荷物をまとめ、トレンチコートを羽織り立ち上がる。
「沢山お話を聞いて頂いて、本当にありがとうございました。殺せんせー」
「ヌルフフフ、こちらこそ楽しい時間でした。またいつでもいらしてください」
殺せんせーは、白いハンカチを揺らして校舎の外まで出迎えてくださった。
深い森には一つとして明かりはない暗闇で、地面がぬかるみ歩きづらくなっていた。
そんな中、彼の手が強く、私の手を包み込んだ。
「ここは足元が悪いから、気をつけなさい」
「…えぇ」
暗闇でも、その声だけははっきりと聞こえた。
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 319人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告感想を書こう！(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
ミルメーク(プロフ) - 長い間お疲れ様でした！もし良ければ浅野親子関係で新しいストーリー作って欲しいです！ (3月21日 20時) (
レス) id: b3b06100e3 (このIDを非表示/違反報告)
hal - 非常に面白かったです！時間を忘れて一気に読みました。原作のイメージそのもので驚き、公式から浅野家スピンオフとして出せる作品だと感じました。私も学秀君が正気を保っていられたのも、浅野家が家族として何とか機能していたのも奥さんの存在が大きいと思っています (2023年3月13日 1時) (レス) id: 96f1185981 (このIDを非表示/違反報告)
キャラメルコーン(プロフ) - 奥様が泣いたてしまったシーンが私の中で凄く感動して泣きました、これからも更新する予定でしたら更新していただけると嬉しいです！ (2022年9月2日 0時) (レス) id: bee3de3e8f (このIDを非表示/違反報告)
おむれつ(プロフ) - おもちゃ箱さん» コメントありがとうございます。キャラの口調等は特に気をつけて書いているのでそう言って頂けると嬉しいです！ありがとうございます。更新これからも頑張っていきます。よろしくお願いします。 (2022年2月24日 21時) (レス) id: b911301b3c (このIDを非表示/違反報告)
おもちゃ箱(プロフ) - キャラの特徴がすごくつかめていて、読んでいて違和感がないです！！お話も本当に面白いです！更新待ってます！ (2022年2月23日 21時) (レス) @page17 id: c78fba56e9 (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：おむれつ | 作者ホームページ：http://mokyumokyuuu
作成日時：2022年1月11日 19時
