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『私も、そっち方面です』
苦し紛れの嘘。
ううん、嘘じゃなくて、今までの家はそっち方面だったから。
「ほんと?じゃあ送るよ」
『それは!大丈夫です』
「……家知られるの嫌だよね、ごめん」
松倉さんは何も悪くないのに、優しいが故に私にことある事に謝ってくる。
こんなの申し訳なさすぎるよ。
『何も悪くないので、謝らないでください』
「……あのさ、余計なお世話だったらごめん」
私の顔を覗き込んで目を合わせる。
「家に帰りたくない、とか考えてる?」
頷かずとも、私の揺らいだ瞳を見た松倉さんは"やっぱり…"とため息混じりに呟いた。
「何があったかは聞かないけど、行く宛てあるの?」
『……あります』
嘘を見透かされそうで視線を逸らす。
「本当に?じゃあどこ?」
『同期の家、とか』
「とか?」
『……色々』
"Aちゃん"
名前を呼ばれて、松倉さんに視線を向けると、優しく微笑まれる。
「家、おいで」
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『あの、本当にいいんですか?』
「うん、広くないけどそれでよければ。もちろんお店の大切なお客様だし、絶対に変なことはしないので安心してください」
コンビニに寄って色々買い込んでから、マンションのエントランスまで来た。
ただ、私たちは喫茶店のマスターとお客さん。
そんな関係で急に家に泊めてもらうなんて申し訳ないし
ホテルにでも泊まればいいのに、松倉さんの後ろを付いて来てしまった。
でも、ここまできて断るのも変なのかな。
思考を張り巡らせているものの、こんな状況になったことがない私にはどうすることもできない。
『じゃあ今日だけ、甘えてもいいですか……?』
「もちろんです」
えっへん!とふきだしが付きそうなくらい、自慢げな表情を浮かべる松倉さん。
そのままエレベーターに乗って、7階で降りた。
「お先にどうぞ」
『すいません、お邪魔します』
部屋に入ると、ふわっとウッディ系の香りが漂う。
『……わ、部屋までオシャレ』
「ありがと。着替えとか用意しとくから先にお風呂入っておいでよ。明日もお仕事でしょ?」
この人、優しすぎるよ。
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作者名:愛生 | 作成日時:2022年9月25日 18時