Nectar【川村壱馬】

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小森さんと玲於くんが帰り、哲也さんが限定でマスターを勤めた佐野珈琲は、再びclosedとなる









哲「短かったけど、一日お疲れ様〜」


「お疲れ様でした！
哲也さんが居て下さって心強かったです」


哲「そんな嬉しい事言われたら
おじさん照れちゃうってば」









わざと苦い顔をして見せた哲也さんだけど、やっぱり顔色一つ変わらない、大人の男性だ









手慣れた様子でクローズ作業をしていく彼を見ていると、ハイスペックな事が伺えて




それと同時に、マスターがどれ程彼に気を許しているかも、一目で分かった









哲「これはあそこかぁ……
ん、Aちゃん、どした？」









気付いた時にはじっと見つめてしまっていて、哲也さんは此方に気付き、また首を傾げた









「あ……マスターは、哲也さんの事を
すごく信用してるんだなぁって」


哲「そうだねぇ…どちらかというと、俺の方が信用して此処に通ってるからかな」


「いつからですか？」


哲「んーと…
Aちゃんが此処で働く５年くらい前から」


「そんなに？」


哲「そうだよ〜？だから俺は必然的に、君の事をよーく知ってるって事になる」









優しい笑顔を見せた哲也さんは、私の事をどこまで知っているんだろう









「…マスターから、何か聞いたんですか？」


哲「…」









人は誰しも、必死で生きた過去を持っている




それは、何度も思い返す程、幸せな過去だったり、思い出したくない辛い過去だったり









…私にとってその大きなものは、後者であって









哲「…」









問いかけた瞳に向かい、真っ直ぐに此方を見ていた哲也さんが口を開こうとした瞬間




チリンチリン、とお客様を迎えた音がして









北「もう閉めちゃって…ますよねぇ」









帽子を深く被った北人君が、がっくし肩を落としながらドアから顔を覗かせていて









哲「閉めちゃってるけど、いいよ入っておいで」


北「え！ありがとうございます！」









るんるんと効果音が聞こえてきそうな程、嬉しそうに笑って入店してきた北人君









哲「色んな理由で北人アウトだよ〜？」


北「えぇー…なんかすみません」









恨めしそうに目を細めてお水を置いた哲也さんは、すぐにふはっと笑っていつもの優しい表情に戻る









哲「また話そうね」









小さな声で私にそう呟き、帽子を脱いだ北人君へとメニューを手渡した





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