命にキスを 〜アウトローな未来のお話〜

三十八　愛人の赤ん坊の話 ページ38

ファイルを見ていると、受話器を置いて深く溜息をついたロバートが見えた。私はファイルを元あった場所に片付け、一歩ロバートに歩み寄った。

「仕事の電話だったのか？」
「ああ。そんなところだ」
「依頼内容は？」
「今日は全部糞だな」

　肩を落としてそう言い、鼻をつまんだ。残念そうな面持ちだった。
　私達はソファに座り、煙草を吸いはじめた。違う種類の風味が混ざり合っていた。

「ビアンカ、君は頭が良い。度胸もある。だからこそここで働いてほしい」
「なに、あんたの言いたい事は馬鹿じゃないんで分かってるよ。話も聞いてる。

　――犯罪に手を染める。だろ？」

「いかれてるとだけと思えばいい」
　煙を大きく吐いた。憂鬱そうな瞳はしばらく下を見て、こちらを見なかった。今回はろくでもない依頼が入ったのかもしれない。

　返す言葉がなく、私も続けて煙を大きく吐いた。何も考えず、ただオーラだけを感じ取った。そしてまた煙草に口をつけた。ロバートの煙草の煙は一直線に天井に昇り続けている。憂鬱そうな瞳も変わっていなかった。

　何をそんなにも悩んでいるのか、何故次の話題が出てこないのか。

「あんた今何考えてる？」
「……最悪の依頼が来たよ。もう一度言うが、君は頭が良い。

　だからやって良い事と、やっていけない事の見解がつくと思う」

「どうしたんだよ、はっきり言え」
「マックスウイルス。一度、話したことあるよな。肺の中にそのウイルスが入ってる赤ん坊の話。袋に入ってるやつさ」

「ああ。HIVに似た免疫を壊すウイルスのことだろ？ シアトルのウォーズ・Ｗって研究者が作ったってやつ。そいつからアズって男が買い取って、愛人が産んだ赤ん坊の肺に入れたって。お前もピストルが向けられてて、言うことをやむ負えなくしたって」

「本当は先天奇形児の赤ん坊をどうにかしたいって依頼だったんだが、そうなっちまってよ。トイレ出産とも言ってたから病院もすすめられなくてな。


　今回はそいつの肺を爆破してほしいって依頼だよ」


　私は絶句した。
　ロバートが感染したら生死に関わる。それに、その付近にいた人達までもが巻き添えになる。一生、病院の無菌室にいるか、激痛を乗り越えて免疫を身につけるか――。

「すまん。変な話をした。忘れてくれ」

　ロバートは自分の髪の毛をかきむしって、シナモン色の無気力な瞳をこちらに向けた。

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