命にキスを 〜アウトローな未来のお話〜

【第三章】　十八　人は幸せを目指して生きているが、苦しいことばかりで ページ18

　俺達は仕事場でカプセルに入っている受精卵を一時間ごとに観察した。仕事場にいる時は出来るだけ観るようにしている。いきなり心臓が止まったり、栄養分の過剰摂取に対応出来るからだ。今の所全て正常だ。

　お昼になる前、濃紅色の膝丈までのドレスを着た貴婦人がやってきた。良い具合に身体全体に脂肪をつけている。チェーンのついた眼鏡をかけており、オレンジ色に染めた髪は上でお団子にしていた。赤色系のファンデーションを頬に強く塗り、口紅は熟れた林檎のように真っ赤だった。水色の大きな瞳が手厳しく俺達を見ていた。
　ひとりで来たかと思えば、珊瑚色に彩られた上品なトイプードルも一緒だった。

　タイヤ付きテレビをどけて、ソファを用意した。それに俺達が座り、貴婦人を元からあるソファに座らせた。何か気になることがあるように周りを見渡し、膝に座らせたプードルをずっと触っていた。

　俺はマニュアルをテーブル越しに何が出来て何が出来ないのかを貴婦人に説明していたが、心此処にあらずという感じだった。その説明が終わった時、ダージリンティーをジェームズが持って来た。

「どうぞ」
「ああ、ありがとう。部屋がすごく綺麗ね。一体何処の家政婦を雇っているの？」
「いいえ。此処はうちのキャロルとビアンカがやってくれています」俺は得意気にいった。

　ジェームズは俺の左に座った。

「良い家政婦をお持ちのようね。埃ひとつない」
「いえ、家政婦ではなくうちの妻が」
「ところで此処は細胞を使った面白い研究をやっていらっしゃるんですってね。私、新しい細胞が欲しくてここにやってきたの。今のお肌より二十歳は若い皮膚を作ってくれないかしら」
「あ、あー……」

　俺は口をぽかりと開けたまま、少し逃げ腰になった。

「細胞の年齢は変えられません。年の離れた兄弟や姉妹はいますか？」ジェームズが言った。
「どうしてそんなことを教えなきゃならないの!?」

「細胞を培養したいので。兄弟や姉妹の細胞は非常によく似ているのでそれを利用します。ですがどちらかの親が違うと適合性が合わないのでI-SIX線という特殊なレーザーを使って遺伝子組み換えをしなければなりません。その分料金も値上がりします」俺が言った。

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