命にキスを 〜アウトローな未来のお話〜

十三 ページ13

「後ろにあるサンプルを保存液につけて、買ってきたケーキを冷蔵庫にいれて、留守番電話の記録をチェックして緊急の仕事がないかを調べるんだ」
　キャロルはこくりこくりと頷きながら、車から出て後部座席からボックスを取り出し仕事場へ行った。俺もケーキを持ってキャロルの後について行った。

　クリスマスだというのに仕事場は真っ暗で、人っ気がない。子供がいないためクリスマスツリーを出す必要もない。ご馳走を作る必要もない。照明をつけ、出ていった時と同じ状態がそこにあることに気づく。ビアンカ、ジェームズという仕事仲間がいるのだが流石に今夜は来ていないらしい。今頃ふたりは何をしているのだろう。

　俺達は上着を脱ぎ、ソファの上に置いた。家の中は二十五度とやや暖かく、凍える心配もない。暖房をつけなくても地下熱が家中暖めてくれるのだ。
　リビングの左奥に仕事場(研究・実験スペース)がある。何百種類もの薬品を貯蔵するスペース、サンプルを培養するスペースも勿論ある。広いから(全部のければ)子供が十人ほど自由に走り回れることも可能だろう。

　キャロルはゴム手袋をはいてサンプルをボックスから取り出した。保存の作業に入る。俺はキャロルがこれから使用する保存液を作る作業をし、キャロルは顕微鏡をのぞきこみ、サンプルの質量や大きさ、密度などを計算する。俺の想像を超える複雑な計算をノートに書き込んでいく。もう手慣れている作業だ。そこらへんのピアニストより指の動きは良いかもしれない。

　俺達は何を口にして良いのか、また話して良いのかも分からなかった。ただ作業に忠実である二人組のようになっていた。流石にふたりでいる分には周りがスカスカしているようで気持ち悪い。こんな所で一日の半分をキャロルひとりが過ごしているとは信じがたい。

「私達、何から逃げることになるのかしら」
「知らん。考えないでおこう」
「目をむけるべきよ。もし、あの子に引き取り手がなかったら私達が育てましょうよ」
「キャロル、羊の寿命は十五年だそうだ。人間は百五十歳まで生きれる。細胞が死ぬのはどっちが早いと思う？」
「もう、そんなこと言わないでよ。いざとなったら、iPS細胞スリーを使えば良いわ。羊の部分を切り落として」
「人間がはえてくるとでも思っているのか？ 傷跡から」
「私も分からないわよ。まだ未知の領域だもの」
「分かった。キャロル、はっきり言う。君は頭がおかしいよ」

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