1〜序章〜 文久三年十二月 ページ2
千鶴「ここが、京の都…。」
『そうみたいだね。』
ほう、と感嘆の息が洩れる。
京に暮らす人々は誰も彼も優しげな笑顔を
浮かべていて、交わされる柔らかな言葉たちも
この都にはしっくりと似合っているように
思える。
しかし…。
千鶴「なんか、居心地が悪い気がする…。」
『…きっと、気の所為だよ。京まで歩き通しだったから疲れてるんだよ。
でも、だからと言って、立ち尽くしてると
すぐに日が落ちちゃうよ。』
千鶴「そうだね。」
『すまない。』
"僕"は、声の高さと口調を変え、
町の人に声を掛けた。
『道を尋ねたいのだが___。』
* * *
千鶴「…どうしよう…。」
私達は立ち尽くしてしまった。
見上げると空はいつの間にか黄昏初めていた。
京の人は意地悪をする訳でもなく、親切に道を
教えてくれたけれど。
『まさか…留守だなんて…』
京で頼れるのは__父さんを除けば、
松本先生だけだった。
松本先生は、幕府に仕えている医者。
僕達が直接会ったことは無いけれど、
父さんがとても信頼している人。
父さんが留守の間に困ったことがあれば、
松本先生を頼るようにと言われていた。
でも、その松本先生は
暫く前から京を離れているらしい。
『急ぎ過ぎた…か。』
突然尋ねるのも失礼だろうと、
事前に手紙を送ったが…。
松本先生は、読んでないだろう。
『返事が来るまで待ってれば良かったか…。』
千鶴「でも…これ以上は待てなかった。」
_________
綱道「千鶴、A。」
千鶴「父様?どうかしたの?」
千鶴がそう尋ねると、
父さんは申し訳なさそうな顔をした。
綱道「実はな…。暫くの間、京の都に
行くことになった。」
『また仕事?』
それは、父さんが家を空ける回数がだんだん
増えてきたなと思い始めていた時だった。
千鶴「暫くって、どのくらいなの?」
綱道「それは、わからん。
ひと月になるか、ふた月になるか…。」
『…ふーん…』
私は目を伏せた千鶴を横目で見る。
『気を付けてね、父さん。
京の都は治安が悪いらしいから。』
父さんは、柔らかく笑って頷いた。
綱道「安心しなさい。
お前達が心配しないように、京に居る間は
出来る限り手紙を書くよ。」
千鶴「…うん、約束ね?」
__________
父さんはいつだって私達を心配してくれて、
約束通り手紙を送ってくれたけれど。
その手紙が…連絡が途絶えて1ケ月が経つ。
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作者名:星空海月 | 作成日時:2021年3月1日 13時