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「A。」
大好きな大好きなひかるさんの声がわたしを呼ぶ。
それが嬉しかった。
わたしだけの名前を呼んで、わたしだけを見つめる。
たまらなく、嬉しかったのに。
「……照?」
彼女が貴方の名前を呼べば、ほら。
貴方はすぐにわたしなんか見なくなるでしょう?
貴方はそうやって、わたしの前で誰かを愛しく思うんでしょう?
だって、ひかるさん。
わたしそんな顔、見た事ないよ。
愛しくて愛しくてたまらないって顔、見た事ないよ。
「……桜乃、?」
弱々しく呟いたひかるさんの声に耐えられなくて、一歩、また一歩と足が後ろに下がる。
今にも倒れてしまいそうな体を支えてくれた深澤さんは苦しそうな顔でわたしを見た後、ひかるさんに顔を向けた。
「照、お前何でこんな早いの?」
「…あ?ああ、仕事早く終わったけど、Aが帰ってなかったからここかと思って………!」
“迎えに行こうとした”
という言葉をひかるさんは紡げなかった。
さくのさんが、ひかるさんに抱き付いたから。
「…桜乃」
「照、会いたかった…」
「……」
「ごめんね、急に電話して…ほんとは直接会いに行くつもりだったよ」
ゆっくりと、背中に回されるのは。
いつだか、わたしを支えてくれた、包んでくれた、温かくて、力強い腕だった。
もう、わたしのじゃない。
否、そもそも最初からわたしの物なんかじゃなかったんだ。
躊躇いながらも、ひかるさんはさくのさんの背中に手を添えた。
…酷いよね、わたしが見てるのに。
きっとひかるさんは、気付いてるのに。
わたしがひかるさんの事をどう想ってるか。
「照、話しがあって今日会いに来たの。」
そんなさくのさんの言葉を背中で聞き流して。
フラフラで震える足を必死に動かす。
この光景を頭から追い出そうとするけれど。
胸の奥がきゅっと熱くなって、上手く頭が作動しない。
ひかるさん、見向きもしなかった。
さくのさんを見てから、わたしに、一度も。
突き付けられた現実。
このままがいいだなんて、そんな甘えた考えでいたからバチが当たったんだろうか。
『……っ、』
涙が、滲む。
泣きたくなんかないのに。
意識もしないうちに、勝手に涙が流れた。
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かえで(プロフ) - この小説大好きです!!!いつも更新楽しみにしてます(^^)頑張ってください☆ (2016年3月21日 22時) (レス) id: 683565b60e (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:さと | 作成日時:2016年3月1日 16時