46. ページ47
.
暫く病室で夕香の寝顔を眺めていた。彼女は豪炎寺に比べて色白だが、顔立ちにはそれなりに面影があって可愛らしい。
Aは豪炎寺の幼なじみだから、勿論夕香との関わりもある。彼女は兄が大好きで、Aと豪炎寺の間でいつも楽しそうに笑っていた。
豪炎寺の母は早くに亡くなり、父も忙しく滅多に家に帰ってこない。そんな状況だったので、昔から夕香の父親代わりは豪炎寺だったし、そんな彼と常に一緒にいたAは母親代わりのようなものであった。
またあの頃みたいに、二人の間に夕香を挟んで、三人で遊んだり出かけたりしたいものだ。Aを｢おねえちゃん｣と呼ぶ夕香の屈託ない笑顔が脳裏に浮かんでは消える。
｢水でも買ってくる｣
｢いってらっしゃーい｣
立ち上がった豪炎寺を見送ろうとするが、彼が扉を開けると、何故か円堂が病室の入口に立っていた。夕香とAを隠すようにぴしゃりと扉が閉まる。
暫くすると、豪炎寺は何を思ったのか扉を開け、円堂を中に入れた。病室に入った円堂は、まずAの姿を見つけて双眸を見開く。
｢A？｣
｢やっほー円堂｣
彼はひらひらと手を振るAから少し視線をずらし、目に入った光景に固まった。
眠っている豪炎寺の妹。点滴の多さや状況から、只事ではないと気づいたのだろう。動かなくなった円堂の隣に豪炎寺が並ぶ。
｢夕香っていうんだ。もうずっと眠り続けてる｣
｢え……｣
｢……話すよ。でなきゃお前、帰らないんだろ｣
豪炎寺は円堂に語った。去年のフットボールフロンティア決勝の当日に起こった、彼の妹の悲劇を。
Aはその日現場に居なかったから、事故に遭った妹を目の当たりにした豪炎寺がどんなにやるせない思いを抱いたか、想像は出来ても完全に理解できることはない。一つだけ言えることは、Aが病院に駆けつけたのは既に彼の顔から表情が消えた後だったということだ。その日を境に、彼は表情筋が固まってしまったように一切笑わなくなった。だから、彼に再会したとき、少しでも微笑みを浮かべるようになったことに人知れず安堵した。
一体どうして彼ばかりに災いが降りかかるのか、考えたことは幾度もある。この世は無情だとも思った。しかし、何かに縋ろうと、誰かを恨もうと、良い方に進むことはない。今のAに出来ることは、ただ苦労の多すぎる豪炎寺の心が壊れてしまわないように、そっと包み込むことだけだった。
.
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 137人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：おひめ | 作成日時：2022年7月14日 17時
