その28 ページ28
「おい、どうするつもりだ一期」
「もちろん、彼女を部屋から引っ張り出して連れ戻します。」
「見張りはどうする」
「あんなもの簡単にどかせますよ、石ころの音で目線を逸らす馬鹿ですから」
「最初っからこうしときゃ良かったのかもな。
慎重になりすぎてたのは俺らのほうだったってわけだ」
目当ての遊郭の門の脇へ立ち、和泉守は適当に石をパチンと投げる。
予想通り門に立っていた者はその音に無意識につられ、目線が外れる。
その隙を狙い建物の屋根に上がり、そこから遊郭の庭へ入り込んだ。
.
堀川から伝えられた部屋の前へ立ち、静かに障子を開ける。
部屋には、しゃがみ込んだまま呆然とする忍びの娘がおり、隣には身体を拭いた布とお湯の入った桶が置かれていた。
そして奥に置かれた布団についた鮮血を見て、俺は殴られたような衝撃に襲われた。
「お前…ッ、まさか…」
「うん、そう。そうだよ。
でもこれでいいの。これが私の仕事なの。」
「いくらそれがあなたの仕事であっても、本丸にいる限りは貴女の身体は私達の管理下にある。と、鶴丸殿に言われませんでしたか」
「言われた」
「今は仕事はしなくていいんじゃなかったのかよ」
「うん、そう。」
こちらを振り向かずに淡々と答える娘に、思わずカッとして肩を掴む。
こちらを振り撒いた忍びの女の瞳から、雫がこぼれ落ちる。
「あの2人の男の子に、お礼を言っておいてもらえませんか
私の邪魔をしないでいてくれてありがとう、って。
私は後からこの遊郭を出るので、お2人は先にここを出て下さい。
もうあの建物には行きません。お世話になりました。」
再び下を俯きながら、忍びはそう言う。
「言いたいことは、それだけですか」
一期はしゃがみ込み、片足立ちの状態で忍びと目線を合わせる。
忍びの娘は、それ以上は何も言わなかった。
「これ以上は何もないようですね。
少し触れますよ、失礼します」
一期がそう言って布越しに忍びを抱き上げる。
娘は、何も言わずに静かに目を閉じた。
.
身体が、小刻みに震えていた。
自分の意思で身体を差し出したとはいえ、計り知れない恐怖があったに違いない。
腕の中でうずくまる少女を守りきれなかったことに怒りを感じながらも、彼女を抱える腕に力が入らないよう抑える
苦虫を噛み潰したような顔をする和泉守殿と本丸のゲートに入り、本丸の門へ向かって歩き始めた。
(To be continued...)
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作者名：にわ | 作成日時：2020年2月7日 19時
