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ありがとうございます、と言おうとした舌は睡魔でもつれて、うまく言葉にできたか定かでないまま、私は眠りに落ちた。


***


天才画家ポール・ドラロージュが描いた『レディ・ジェーン・グレイの処刑』は、ロンドン・ナショナル・ギャラリーに展示されているという。イギリス。日本から地球の4分の1ほど離れた西洋の島国。美術館を訪ねるためだけに気軽に行ける距離ではないし、私に渡英経験はない。

だから、これは夢だった。

「レディ・ジェーン・グレイは時代の荒波に翻弄された悲劇の少女です」

前を歩く七海君が言った。建物は立派なのに全然人がいない美術館には、私と七海君以外の人影は見当たらない。

「その血筋から15歳の若さで女王に祭り上げられたかと思えば、わずか9日後に廃位させられ、反逆罪で断頭台送りとなりました」

たった15歳の少女。周囲に言われるがまま結婚し、結婚相手の舅の野望によって戴冠させられ、わずか9日間で女王の座と命を奪われた少女。彼女は何もしていない。だけど、時代が、血筋が、大人たちが、彼女の生を許さなかった。

「どうにもならなかったのかな」
「どうにもならなかったのでしょうね」
「やりきれないね」
「えぇ。けれど、ありふれた理不尽です」

そう言った七海君は、ある一枚の絵画の前で立ち止まった。私も足を止めて、両手を広げても抱えきれないほど巨大なその絵画を見上げる。

白い布で目隠しをされた少女が、司祭に手を導かれて、自分の首を斬るための斬首台を探していた。

レディ・ジェーン・グレイだ。

ふいに目隠しがほどけて、彼女の素顔があらわになり、私はハッとした。

「どうして」

理子ちゃんだ。電話で会話しただけの私は彼女の顔を知らない。だけど、なぜか私には、彼女が理子ちゃんだとわかった。

理子ちゃんの青みがかったグレーの目が、私をじっと見つめて問う。

「ねぇ、どうして?」


***


身体を揺さぶられる感覚で目を覚ますと、日下部さんが、眉を(ひそ)めて私を覗きこんでいた。

「うなされてたぞ」
「本当ですか?」
「変な夢でも見たか」
「いえ……、覚えてません」

笑って嘘をつきながらも、夢の中の理子ちゃんの目が脳裡(のうり)から離れない。あまりの夢見の悪さにうんざりしていると、日下部さんの携帯電話が着信を知らせて鳴った。

「もしもし。あぁ……、なんだと? わかった、すぐに高専に向かう」

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ひよこまる(プロフ) - えりんぎのバター炒めさん» コメントありがとうございます! 二人旅のシーンは、構想段階からどこかに差し込もうと思っていた場面なので、お褒めいただきすごく嬉しいです。一番書きたいシーンまで上手く辿り着けず焦ることも多いですが、ご期待に添える作品になるよう、頑張ろうと思います(^^) (5月7日 7時) (レス) @page37 id: 8ac964ebff (このIDを非表示/違反報告)
えりんぎのバター炒め(プロフ) - 心を療養する夏油さんと夢ちゃんの2人旅がすごく素敵です。とても引き込まれる作品で、2人の苦しさが身に染みます……。続き楽しみにしています! (5月7日 0時) (レス) id: 61116f8e5d (このIDを非表示/違反報告)

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作者名:ひよこまる | 作成日時:2024年3月24日 21時

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