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「そんなびしょ濡れでどうしたの？」
無言のまま睨み付ける少女を嘲笑し問いかける。
『早くそれを返してください。』
「無理。」
頑なに出来ないと言い張る中心核、佐伯の娘。
何故娘がそこまでして執着するのだろうか。
零に関わっている自分を嫌うのは理解出来ても、曲を盗んだままで処分しない意図が掴めない。
私が告げ口みたいにして、零に知られるのが嫌だからなのか。
だが先程のように別の手口で音楽室に向かわせない様に仕向けることは出来ているのだから、その点は気にしていないのだろうか？
「……れば、……だから……するの。」
何かを言ったことは確かだが、なんと言っているのかまでは声が小さくて聞き取れなかった。
「退いてくれる？通行の邪魔。目障り。」
どん、と肩が強めにぶつかって、思わずよろけそうになる。
早く、取り返さないと。
部屋に戻り、制服を脱いで備え付けの洗濯機に突っ込んだ。シャワーを浴びた後に椅子に座って、机に向く。
散々な一日を思い返しそうになる頭を必死に振り払い
楽譜用の紙を取り出して、ペンを持つ。
もしもの時の為に、何か、予備用の曲を書いて聞かせられるようにしておきたくて。
こんな荒んだ脳の状態では綺麗な曲が作れないことは理解していたけれど、それでも作らなければと思った。
妙な焦燥感が押し寄せて、お腹がキリキリと痛んだ。
浮かばない。書けない。分からない。
零との連絡手段も途絶えられた今、彼女らの妨害もあって音楽室に行けない旨を伝えに行くことが出来ない。
もしかしたら零は毎日音楽室で私が来るのを待っているかもしれない。
有り得ない話ではない、自意識過剰という訳でもない。彼はずっと、私が来る前には音楽室にいるのだから。
零が居る部屋では、心地好く音が奏でられて、曲がよく思いつく。
でも今は─。
楽譜の紙に水滴が落ち、滲む。
『…早く、零君に会いたい…っ…。』
視界が涙で歪み
今にも泣き出しそうな声でそう口にした。
心のどこかではずっと思っていた事だったが、きっとこの本音に私は蓋をしていて、我儘な事だと否定していた。
彼はアイドルだ。多忙で留学に行っていた頃なんかは、それこそ会えない日々が続いた。
幼少期から本当の家族の様な、否私の中では家族よりも大切な存在になっていた。
零が居なければ今の少女は無い。
その位少女の人生において零は大切で重要人物なのだから。
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作者名：黒凛蝶 | 作成日時：2022年6月14日 16時
