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自然と、音楽室へ行く足取りは軽くなった。
零の事を気にしている気持ちには変わりないけれど、あの場所に行くと昔の様に弾ける気がして
自分を思い出せる気がして。
今日も音楽室へ行くと、何時も居るはずの零の姿がない。
しかしこれは当然の事で、詰められたスケジュールの中で寧ろ毎回のように自分を待っている方が難しく、おかしいのである。
早めにピアノの準備をして、手慣らしに一度弾いてみる。
零の居ないうちに、つい昨日完成した曲を。
書き起こした旋律を想像するのと実際に弾いてみるのとでは感覚は大きく違う。
納得のいく出来になっているだろうか。
寮部屋に置いてある私用のキーボードとは違う、このグランドピアノで奏でる。
鍵盤を押す重さを指先で感じ、ペダルで響きを調節する。
楽譜を目で見て、手を動かして、音を響かせて、流れるように。
きっと綺麗には聞こえないと、納得いかず途中で断念して楽譜をまた捨てる結果になるのだろうと決めつけていた。
何となく曲を書くのも面倒くさくなって、昔の様になど到底無理だと蓋をして。
けれどこの瞬間は違った。
堪らず口元が緩む。
私は、まだ弾けるじゃないかと沈んだ複雑な感情やらが浮き上がってくるような高揚感。
昔とまではいかないけれど、それでも良かった。
彼がこれを聞いたら、何と言ってくれるだろう？
褒めてくれるだろうか、頭を撫でてくれるだろうか。
笑ってくれるだろうか。
弾き終えた達成感に包まれながら、楽譜をもう一度見直していると
音楽室の扉が静かに開いた。
彼が来たと思い、入口の方へ目を向けると
見知らぬ男性が拍手をしながら近付いて来るではないか。
にこにこと笑みを浮かべて、明らかに怪しそうな気配がする。
思わず身を引いて、楽譜と鞄を持って部屋の隅まで移動し距離をとった。
「あぁ、怖がらせてすまない。とても素晴らしい曲で思わず拍手をせずにはいられなかったんだ。それは、君が書いた曲かい？」
持っている楽譜を指差して、問うてきた。
頷くことも、首を振ることもせずに男性を警戒して見つめる。
「失礼、名を名乗らずに急に質問するのは礼儀がなっていないよね。私の名前は佐伯。音楽プロデューサーをやっているんだ。」
佐伯という男性は一人で話し続けているが、出てくる会社名にはどれも聞き馴染みのあるものばかりで
話口からもどうやら本当に音楽関係者らしかった。
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作者名：黒凛蝶 | 作成日時：2022年6月14日 16時
