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演奏が終わると、零は小さく拍手をして
「流石は嬢ちゃんじゃ。」と何時もの如く褒めた。
しかし少女の顔は曇っている。普段は弾き終われば本人は無意識だが清々しそうな顔をしているのにも関わらず、何かを飲み下せずにいるような
そんな違和感を零は感じ取っていた。
『…何時も、鞄の中にこれを…？』
少女は楽譜を零に返すと共に問いかける。
零は首を振って答えた。
「…今日はこれがいる、そんな気がしたんじゃよ。それで持ってきてみれば嬢ちゃんが、好きなのを弾いてくれると言う。運命みたいじゃろ。」
『…運命、ですか。それはまた、随分ロマンチックな話ですね。』
少女は微かに口元に笑みを浮かべていたが、無理に引き攣らせているようにも見えた。
一曲弾き終えると、直ぐに身支度をしピアノを片付け始める少女に零の感じている違和感は更に大きくなった。
「……嬢ちゃん。」
振り向かず、零に背を向けたまま片付ける手は止めない。
今すぐにでもこの部屋から出ていきたいという雰囲気で、それが急ぎの用があるからなのかは分からない。だが、それ以上零は少女の内側には踏み込めずにいる。
名を呼んだだけ、その空間は異様な静寂と沈黙に包まれていた。
聞きたい事を聞けない、少女に近付くことを今更躊躇している自分に零は多少の悔しさと情けなさを感じた。
ぐっと言いたい事も腹の奥底にしまい込んで、
「…また次も来てくれるかや…？」
と微笑んで聞いた。
少女の目にはその微笑みが、寂しさと僅かな哀しさを織り交ぜた笑いに映った。
少女は、何も答えられなかった。
頷くわけでも、首を振るわけでもなく、曖昧な目線を向けるだけで「次も来る」と断定して言えなかった。
静かに音楽室を出る直前に零の方を振り返ると、
窓の外に向けていた物憂げな視線を直ぐに戻して
少女に手を振った。
手を振り返そうとしたが、その手を引っ込めてお辞儀をしその場を後にした。
『…ごめんなさい。』
廊下を早足で歩いている間、心の中でもずっと零に対して謝り続けていた。
突然自分が素っ気ない態度をとってしまったものだから、零も動揺していたのだろう。
それも分かっていた。自分から急に突き放して、あれでは唯の情緒の不安定ではないか。
けれど、自分が零を遠ざける以上の迷惑をかけたくなかった。
零はアイドルだ。
こういった異性問題は起こしてはいけない。
だから自分は身を引くべきなのだと。
それが正解かは分からないけれど。
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作者名：黒凛蝶 | 作成日時：2022年6月14日 16時
