「おかえり」 ページ42
〈面白い子だ〉
〈"ヒーローは嫌い"なんだろう？〉
〈どちらが君にとって利益のある道か〉
〈良い答えを期待してるよ〉
静まり返った部屋の中、Aは寝返りを打つ。しかし粘着質で底なし沼のような声は、脳内を駆け回って消えない。もう我慢ならないと瞼を押し上げた。
「……うざ」
全てを見透かしたような言葉
見下したような笑い声
圧倒的な力を持ちながら姿を見せない高慢さ
その全てが癪に障る。寝ていられるはずもなく、Aは部屋を出てリビングに向かった。電気が点いているのに気づき息を吐く。肩の力が抜けたようだった。
「ショータ」
同居人の名前を呼びながらドアを開ける。
「……」
期待などしていた訳ではないが、今のAには間が悪かった。
相澤が要請を受けて家を空ける事は珍しくない。その稀有な個性故に彼が必要とされているのは、Aも既知の事実であった。電気を消すのを忘れるほど忙しいという事も。
しかし、上手く寝付けない事が久方振りだったのもあり、Aの琴線に、いつもは触れない何かが傷をつけた。
踵を返し、自室でパーカーを羽織るA。案外楽しかった勉強の道具を置いていく事や、最初の賭けの事などは考えていなかった。どうでも良かったのかもしれない。
今の彼にとって、自身を保つ事が何より大切だったのだ。
一瞬、手を止めた。おどけた表情がAを見上げる。
＿＿＿僕が信じられるのは君だけだよ。
「……そうだね」
既に自分の一部になっている凹凸に顔を埋める。再び顔を上げれば、彼はもうエンターテイナーだった。
「おかえり。"あべこべ君"」
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作者名：すみた先生 | 作成日時：2022年8月17日 12時
