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「夢の中で物を食べたことってありますか?」
朝から客が1人も来ない珍しい晩秋の昼下がり、玄師は厨房で遅い昼食を摂っていた。
「昨夜久しぶりに夢を見たんです。
その夢、子供の頃から繰り返し見てるんですよ。
どこかのお店のテーブルで、目の前に美味しそうなお菓子を出されて、喜んで食べるんです」
「そんなに幸せになるお菓子なんて気になるね。
どんなお菓子なんですか?」
「それが・・・。
形も曖昧だし、今まで味わったことない味で」
真衣はしょんぼりと床を見る。
「あのお菓子、ほんとにほんとに美味しいんですよ」
「作ってみましょう」
玄師が何でもないように言うと、真衣は弾かれたように顔を上げた。
「作るって・・・。
だって、夢の中の話ですよ」
「けれど真衣さんは、そのお菓子を味わったんですよね」
「はい」
「なら真衣さんの舌がその味を覚えているはずです。
キミは優秀な試食係ですから」
玄師はにっこり笑うと、食べかけのサンドイッチをしまって調理台に向かった。
「え、今から作るんですか?」
「はい。
善は急げでしょう?」
玄師は椅子を店舗と厨房の境の辺りに置くと、真衣を座らせた。
真衣は店の様子を見ながら玄師の質問に答える。
玄師はレシピノートを手に、真衣に向き直る。
「甘いと酸味があるとか、簡単なことでいいんだけど」
真衣は目を瞑り天井を向く。
「あれは・・・甘くって、とろっとしていて、少し酸味があって・・・」
思い出す毎に真衣の表情はうっとりしたものに変わる。
それこそ、夢を見ているかのような。
「舌にのせると、とろんと溶けます。
でも流れていっちゃったりはしません」
「食感はどうだった?」
「とろーり、さくっ、ふわっ。
そうそう!
さくっとした時に、口の中が特に甘くなりました」
真衣はゆらゆらと体を揺らす。
その姿は催眠術にかかっているようにも見える。
「カトラリーは?」
「フォークです。
ケーキフォークより少し大きめでした」
「うん、なかなか良いヒントが集まったよ。
これならいけるかも」
「本当に!?
たったこれだけで?」
「でも、もう少しヒントが欲しい。
小さい頃のおやつはどんなのだった?」
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作者名:井原 x他1人 | 作成日時:2020年6月14日 11時