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ぼんやりとした表情の真衣を、心配そうに玄師が覗き込む。
「試食してもらえますか」
玄師の言葉に、真衣はしっかりと頷く。
厨房に招かれた真衣は調理台にのせられたグラスを見て、ほうっと溜息を吐いた。
「綺麗」
ブルートグラスの中には、光にかざすと金色に光る透明なゼリーと、その中に真っ赤な苺、白い球がいくつも浮いていた。
空から降ってきたような、海に浮かんでいるような、赤と白の水玉だ。
真衣は玄師から手渡されたスプーンで苺を掬う。
ゼリーはふるふる揺れて、とろりと溢れていく。
イチゴはそんなゼリーを纏って、つやつやと光る。
真衣はスプーンを口に入れた。
「美味しい・・・」
真衣の頬に、ふわりと笑みが広がる。
「スーッとします。
これは、薄荷?
イチゴの甘酸っぱさが引き立っています。
春が終わって夏が始まるイメージです」
真衣は白い球も掬って口に入れた。
目を閉じてゆっくりと噛み締める。
「求肥ですね。
ぷるん、トロンとして。
中になにか・・・そっと甘い、とろりとしたチーズのような、ヨーグルトのような物が入ってますね。
幼い頃に食べた何かを思い出しそう」
真衣が目を開くと、玄師は笑顔だった。
「求肥の中身は、水切りヨーグルトと蘇を混ぜたものです。
蘇は牛乳を煮詰めて作ります。
チーズに風味が似ていますが、ずっと甘味があって濃厚です」
真衣は頷く。
「イチゴと蘇の甘味を感じてもらうため、ゼリーの甘味は最小限に抑えてあります。
淡い金色にしたくて、蜂蜜を使いました。
それから薄荷は、ペパーミントのエッセンスをほんの少し。
真衣さんが言ったように、初夏の空気を表したかった」
玄師は真衣の瞳をしっかりと見つめた。
「俺が立ち止まってしまった、あの季節。
あそこからやり直すための作品です」
玄師は自分の足元をぼんやりと見下ろしながら言葉を紡ぐ。
「・・・俺は美菜子が死んだあの時に立ち止まったままだと思っていた。
けれどいつの間にか歩き出していて、俺は自分がどこに立っているのか分からなくなってしまった」
真衣は玄師の視線を追ったが、そこにあるのは厨房の明るい光から切り離された玄師自身の影だけだ。
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作者名:井原 x他1人 | 作成日時:2020年6月14日 11時