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「Aちゃん、その人のことが本当に大好きなのねぇ」
甘露寺さんはきゅんきゅんするわぁ、と胸に手を当てながらそう言う。
「だってその人の話をするときのAちゃん、とっても幸せそうな顔してるもの!」
私はえへへと笑ってみせた。恥ずかしいものの、誰かに無惨さまへの気持ちを話すことは、なかなか楽しいものだった。普通の女の子たちはこんな話で盛り上がるのかな、なんて思ってみたりもした。
「それで、その人とAちゃんはどんなふうに出会ったの?」
「街で会いました。私が一目惚れをして、話しかけて、それからずっと一緒に居ました」
「えぇ! Aちゃん、積極的なのね!」
お買い得ですよと話しかけたことは伏せておいた。これは私と無惨さまの秘密だ。
私は腐った夜の街で見た、美しい無惨さまの姿を思い出す。
「それで二人は、結婚するの?」
「……結婚?」
えぇと興奮気味に頷く甘露寺さん。
結婚、もちろんその言葉の意味はわかっている。しかし私にはずいぶんと遠い存在のように感じて、つい首をひねってしまった。
「結婚は……しないと思います」
「え! ど、どうして……? お家柄とか、他にお見合い相手が居るとか?」
「いいえ、そういうわけでは……」
じゃあどうして?
どうして、と言われても、私も分からない。
「……結婚なんて、私には程遠い願いです」
無惨さまは、人に紛れて生きている。人間に化けているとき、妻と呼ばれる立場の人も数名居るし、結婚も何人ともしている。私にとって、つまり無惨さまにとって、結婚がそれほど意味のあるものだと思っていないのかもしれない。
それに結婚とは、戸籍上の契約のことだ。無惨さまはおそらく鬼舞辻無惨としての戸籍を持たない。おそらく、私も。もしも私の戸籍があったとしたら、それは孤児院を抜け出したあの火事の日に死んだことになっているだろう。
私はいまの関係が好きだ。とても幸せだ。
結婚とはひとつ、分かりやすい女の子の幸せの形なのかもしれない。
だけど、私は私であり、無惨さまと私の関係は他の何にも形容し難いもの。だから一般的な幸せの形と違って当然。
「あの人の幸せが、私の幸せなんです。だから、結婚はいいです」
甘露寺さんは並々ならぬ事情を察したのか、目尻を垂らし、とうとう私に抱きついた。
「Aちゃんに幸せを応援するわ」
じゃあ今すぐ私を逃してくれ。そんな言葉を、どろりと飲み込んだ。
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久遠(プロフ) - 本当に凄く素敵なお話でした。転生した先で2人が幸せであることを願います。転生した先でのお話も読みたいなぁという気持ちもあります。きりんの木さんの小説をまた読みたいのでpixivのアカウントをいつか絶対見つけたいです。教えてくださるのが1番助かりますがね笑 (6月28日 21時) (レス) id: d025dfcb18 (このIDを非表示/違反報告)
みずき(プロフ) - 素敵な話でした。どの目線から言うのかという感じですが、文章の書き方も素晴らしいかったです。無惨様への罰という形で終わりましたが、無惨様へ幸せを送る形で、新しい二人の話を読みたかったなと言う気持ちではあります。 (5月29日 23時) (レス) @page43 id: d9f5409103 (このIDを非表示/違反報告)
chiaki0708(プロフ) - ドキドキが止まらない素晴らしい作品でした!!!無惨様の好感度爆上がりです! (2021年12月14日 8時) (レス) @page43 id: 26a665cc7a (このIDを非表示/違反報告)
尊都(プロフ) - 約1年ぶりにお気に入りを探りこの小説を読み返しました。完結お疲れ様です。寂しいですが、2人らしい最期でした。悪役である無惨さまへの贈り物、素敵だと思います。素晴らしい作品をありがとうございました。 (2021年9月27日 3時) (レス) @page37 id: 6a52012404 (このIDを非表示/違反報告)
なあ - 素晴らしい作品でした。作品の中の無惨が生きているような感覚でした (2021年9月25日 2時) (レス) @page37 id: a69664b85d (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:きりんの木 | 作成日時:2020年1月25日 12時