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寒い、寒い。すごく寒くて、熱い。
心細い、不安、怖い。
言葉にならない悲鳴が身体中を小さな雷みたいに走り抜ける。
無惨さまはいま、どうしているのだろう。玄関で私が帰ってくるのを不機嫌そうに待っているのだろうか。私が帰って来ないと知って、怒っているだろうか。心配しているだろうか。裏切られたと、思っているだろうか。
喉の奥でうんうん唸っていると、誰かが額に冷たい布を乗せてくれた。心地よい冷たさにうっすらと目を開くと、穏やかな顔をした男の人が視界に飛び込んできた。
ずいぶんと体格の良い男の人だ。お経のようなものが書かれた羽織を着ており、大きな数珠らしき首飾りをしている。
「……今日の、警護の方ですか」
私の声はずいぶんと弱々しく聞こえた。男の人は深く頷くと「悲鳴嶼行冥だ」と呟いた。
「ひめじまさん……すみません、ありがとうございます……」
「気にするな。一昨日まではやつに捕らわれていたのだ、ようやく緊張の糸が切れ、安堵したのだろう」
案ずるな。ここにやつは絶対に来ない。
悲鳴嶼さんは子供をあやすようにそう言う。
違うと、口にすることも出来ず、私は再び目を閉じた。目を開けたとき、そこに絶対に来ないその人が居ることを願って。
そんな虚しい願いを拒絶するように、現実から逃げるように、悲しみを見てみぬふりするように、私はその日、昼間までこんこんと眠り続けた。
「孤児院に居たと、聞いた」
午後、遅めのお昼ご飯をいただきながら、悲鳴嶼さんはそう私に尋ねてきた。熱はだいぶ下がり、怠さや気分の悪さも無くなった私は、少しだけぼんやりとする頭で考えた。
孤児院に居たと聞いた、つまり胡蝶さんから悲鳴嶼さんへ、ひいてはおそらくお館様や他の柱の方々まで情報が共有されているということだ。まあ当然だろう。私の発言のどこに無惨さまへ迫る鍵が隠されているか分からないのだから。
「はい。教会が母体となっている孤児院にいました」
悲鳴嶼さんはそうかと頷く。不思議なことに私は、悲鳴嶼さんのまとう雰囲気に私への親しみが込められているように感じた。
「実は私も寺でみなしごの面倒を見ていたんだ。生きていたらちょうど、君と同い年くらいだった」
私は箸を止め、顔を上げた。そのときようやく、悲鳴嶼さんが盲目であることを悟る。
悲鳴嶼さんが次の言葉を紡ごうと口を開く。
聞きたくない、本能的に感じる。
「殺されたんだ、鬼に」
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久遠(プロフ) - 本当に凄く素敵なお話でした。転生した先で2人が幸せであることを願います。転生した先でのお話も読みたいなぁという気持ちもあります。きりんの木さんの小説をまた読みたいのでpixivのアカウントをいつか絶対見つけたいです。教えてくださるのが1番助かりますがね笑 (6月28日 21時) (レス) id: d025dfcb18 (このIDを非表示/違反報告)
みずき(プロフ) - 素敵な話でした。どの目線から言うのかという感じですが、文章の書き方も素晴らしいかったです。無惨様への罰という形で終わりましたが、無惨様へ幸せを送る形で、新しい二人の話を読みたかったなと言う気持ちではあります。 (5月29日 23時) (レス) @page43 id: d9f5409103 (このIDを非表示/違反報告)
chiaki0708(プロフ) - ドキドキが止まらない素晴らしい作品でした!!!無惨様の好感度爆上がりです! (2021年12月14日 8時) (レス) @page43 id: 26a665cc7a (このIDを非表示/違反報告)
尊都(プロフ) - 約1年ぶりにお気に入りを探りこの小説を読み返しました。完結お疲れ様です。寂しいですが、2人らしい最期でした。悪役である無惨さまへの贈り物、素敵だと思います。素晴らしい作品をありがとうございました。 (2021年9月27日 3時) (レス) @page37 id: 6a52012404 (このIDを非表示/違反報告)
なあ - 素晴らしい作品でした。作品の中の無惨が生きているような感覚でした (2021年9月25日 2時) (レス) @page37 id: a69664b85d (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:きりんの木 | 作成日時:2020年1月25日 12時