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私の警護、もとい監視は、柱と呼ばれる九人の選ばれし人たちが順番に行うらしい。
今日の担当は胡蝶しのぶさん、蟲柱。
柔和な笑顔の女性で、見惚れてしまいそうな整った目鼻立ちをしている。
「……医学書、ですか」
ご飯を食べる私の傍ら、胡蝶さんは優雅に本を読んでいる。その本をちらりと覗いてみれば、優雅な顔で読むには随分と抵抗のあるような、生々しい医学書であったのだ。しかも異国語の。
「あら、Aさん、独逸語が読めるんです?」
私はまあ、と曖昧に頷いた。
「孤児院にいた頃に独学で習得しました」
わぁ、と胡蝶さんは表情をぱっと明るくする。
「独学で独逸語を、他でもない独逸語を、幼い頃に。医学の道を志していたんですか?」
私はいいえ、と首を振った。
「独逸語の本は他の言語を習得した後に読み始めました。全然、医学の道なんて考えてもいなかったです」
胡蝶さんは尚の事驚いたようだった。それからやれどの言葉が読める、やれどの本を読んだことがある、やれこの薬草の本は素晴らしい……などなど。無惨さまが青い彼岸花を探しているため、植物関連の本はそこそこ読み漁った。ゆえに薬学に詳しい胡蝶さんとは、はからずも会話が弾んでしまったのだ。
「Aさん」
夜、自分の屋敷に戻るという胡蝶さんは、心なしか上気した頬を緩め、私に笑顔を向けてきた。
「もしも、ここで役割を果たした貴女が行く宛が無いのなら、ぜひ私の屋敷に来てください」
私の屋敷。ついさっき少しだけ話を聞いた、胡蝶さんと継子と呼ばれるお弟子さんたちが暮らす屋敷。鬼との戦いで傷ついた鬼殺隊の人たちを癒やすために開放しているお屋敷。
「そこで私と一緒に働いて欲しい。鬼を、この世から、一匹残らず絶やすために」
どき、と心臓が嫌に跳ねた。鬼を絶やす、一匹残らず。つまり無惨さまも、殺される。
胡蝶さんは目を見開く私の鼻先にちょんと指先で触れると、ふふふと笑った。
「ぜひ、考えておいてくださいね」
それじゃあ。
そう言葉を残すと、胡蝶さんはまるで蝶のように軽い足取りで、闇夜に溶けていった。
私の胸には大きなわだかまりが残る。
胡蝶さん、無惨さま、鬼殺隊、人間、鬼。
複雑な想いが胸や頭のなかをぐるぐるとめぐり、私はとうとうその場で倒れてしまった。
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久遠(プロフ) - 本当に凄く素敵なお話でした。転生した先で2人が幸せであることを願います。転生した先でのお話も読みたいなぁという気持ちもあります。きりんの木さんの小説をまた読みたいのでpixivのアカウントをいつか絶対見つけたいです。教えてくださるのが1番助かりますがね笑 (6月28日 21時) (レス) id: d025dfcb18 (このIDを非表示/違反報告)
みずき(プロフ) - 素敵な話でした。どの目線から言うのかという感じですが、文章の書き方も素晴らしいかったです。無惨様への罰という形で終わりましたが、無惨様へ幸せを送る形で、新しい二人の話を読みたかったなと言う気持ちではあります。 (5月29日 23時) (レス) @page43 id: d9f5409103 (このIDを非表示/違反報告)
chiaki0708(プロフ) - ドキドキが止まらない素晴らしい作品でした!!!無惨様の好感度爆上がりです! (2021年12月14日 8時) (レス) @page43 id: 26a665cc7a (このIDを非表示/違反報告)
尊都(プロフ) - 約1年ぶりにお気に入りを探りこの小説を読み返しました。完結お疲れ様です。寂しいですが、2人らしい最期でした。悪役である無惨さまへの贈り物、素敵だと思います。素晴らしい作品をありがとうございました。 (2021年9月27日 3時) (レス) @page37 id: 6a52012404 (このIDを非表示/違反報告)
なあ - 素晴らしい作品でした。作品の中の無惨が生きているような感覚でした (2021年9月25日 2時) (レス) @page37 id: a69664b85d (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:きりんの木 | 作成日時:2020年1月25日 12時