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無惨さまの用事で連れてこられた無限城の廊下、私はそこでぼんやりと思案する。
気まぐれ、とは不確かなことだ。いや、むしろこの世には確かなことのほうが少ないから、気まぐれは意外と普通なことなのかもしれない。
『……ねぇA。あなたも月彦さまの非常食なの?』
そう言ったさよ子は無惨さまの気まぐれでともに暮らすようになった。そうして、私の言葉なんぞのために、消えた。
今思えば、さよ子のこの疑問は当然だ。なぜしがない小娘をそばに置くのか、服を与えるのか、言葉をかけるのか。無惨さまは本来は私と話をするような立場にはあるはずもないのに。
なぜ。
なぜ、無惨さまは……私をそばに置くのだろう。
洋書が読めるから、孤児で身寄りが無くいつでも処分できるから、忠誠心が見られるから。
浮かぶのだ、それらしい理由はいくつも。
いくつも浮かぶ。だけど。
「……」
私は胸元をぎゅっと握りしめた。
私はどうしてこんなにもわがままなんだろう。
もっと、能力とか、そんなもの全部抜きにして、私を考えて欲しいだなんて。全部含めて私なのに、いや、全部含めて私だからこそ。
「唯一」
どこからか、声が聞こえた。
はっと私は顔を上げる。
「唯一」
もう一度聞こえた。
今度ははっきりと背後から聞こえた。
私が振り向くとそこには、目がぎょろりと飛び出した鬼がいた。がっ、と肩を掴まれ、壁に押し付けられる。
「唯一」
声色には明確な怒り、殺意。
私はゾッと背筋に冷たいものが走り、その場から逃げ出そうと背後の襖に手をかけた。
「ーーお前のせいであのお方は変わった」
するりと無抵抗に開かれた襖、と同時に鬼は私を勢いよく突き放す。
お尻が地面に打ち付けられるーーはずだった。
突然身を襲った浮遊感、私は目を見開いた。
襖の向こう側は、何もない空間だった。
宙に浮かぶ部屋から投げ出された私は、どちらが下かも分からないままただ一方方向へ落ちてゆく。
そう落ちていく。
刹那、強烈な死を背後に感じた。
指先が痺れるほどの恐怖。
そして胃がひっくり返りそうな浮遊感、しかし時は恐ろしいくらいゆっくりと流れる。
殺意は突然だ。
そして私は簡単に死ぬ。
それを陸太郎の事件のときに知っていたのに、私は。
ごめんなさい、無惨さま。
そう呟いて、身に降りかかる衝撃を恐れて、目をぎゅっと固く閉じた。
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久遠(プロフ) - 本当に凄く素敵なお話でした。転生した先で2人が幸せであることを願います。転生した先でのお話も読みたいなぁという気持ちもあります。きりんの木さんの小説をまた読みたいのでpixivのアカウントをいつか絶対見つけたいです。教えてくださるのが1番助かりますがね笑 (6月28日 21時) (レス) id: d025dfcb18 (このIDを非表示/違反報告)
みずき(プロフ) - 素敵な話でした。どの目線から言うのかという感じですが、文章の書き方も素晴らしいかったです。無惨様への罰という形で終わりましたが、無惨様へ幸せを送る形で、新しい二人の話を読みたかったなと言う気持ちではあります。 (5月29日 23時) (レス) @page43 id: d9f5409103 (このIDを非表示/違反報告)
chiaki0708(プロフ) - ドキドキが止まらない素晴らしい作品でした!!!無惨様の好感度爆上がりです! (2021年12月14日 8時) (レス) @page43 id: 26a665cc7a (このIDを非表示/違反報告)
尊都(プロフ) - 約1年ぶりにお気に入りを探りこの小説を読み返しました。完結お疲れ様です。寂しいですが、2人らしい最期でした。悪役である無惨さまへの贈り物、素敵だと思います。素晴らしい作品をありがとうございました。 (2021年9月27日 3時) (レス) @page37 id: 6a52012404 (このIDを非表示/違反報告)
なあ - 素晴らしい作品でした。作品の中の無惨が生きているような感覚でした (2021年9月25日 2時) (レス) @page37 id: a69664b85d (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:きりんの木 | 作成日時:2020年1月25日 12時