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「だから私は、これまであってきたいろんな大変なことも、必要だったんだなって、思うようになりました。無惨さまのおかげです」
私が言うと、無惨さまはそうか、と言って私の髪をすいた。
私は一度記憶を失った。がしかし、幸か不幸か、足を滑らせ再び頭を強打してしまい、次に目を覚ましたとき、私の記憶は元通りになっていた。驚いた。
記憶を忘れていた間の記憶もきれいに残っているから、どうして忘れていたのか不思議で不思議でたまらなかった。
「無惨、さまっ……!」
驚きもさることながら、私は申し訳なさでいっぱいになった。だから、私の目が覚めるまで、私の寝台のそばにずっとついていてくれた無惨さまにすぐさま土下座を披露した。記憶を取り戻した、すみませんでしたで済むことではない、どんな罰でも受ける、だからどうか、このままそばにいることを許してほしい。私が半泣きで言うと、無惨さまは安堵したように眉を垂らした。そして静かに、しかし深く深く、抱きしめられた。
次に無惨さまの顔を見たとき、そこにはいつもどおりの好奇心に満ちた表情が浮かんでいたので、私の背筋がひゃっと冷えた。
「……そうだな、罰は、『話』をしてもらうことにでもしよう」
話、と私が繰り返すと、無惨さまはわずかに目を細めた。
「そうだ、Aの話だ」
かくして私は、生まれてから無惨さまに出会うまでの話を、無惨さまと寝台で横になりながら、ぽつぽつと話したのだった。
ふいに指先が私の頬を撫でた。そのまま私の輪郭をなぞり、顎先をつまみ、私は顔のみ無惨さまのほうへ向かされる。
無惨さまは私を見つめたまま、何も言わなかった。そこで私はふと直感した。無惨さまと過ごす時間において最も大切なのは、こんなふうに何も話さない時間なのだと。
無惨さまの視線がくすぐったい。
記憶を失った私でも一緒に居たいと言ってくれた事実が、私を欲しいと言ってくれた記憶が、いま私の頬に触れる指先が、愛おしくて仕方がない。胸の奥深くがきゅっと収縮する。切なくて、満たされていて、だけど同時に欲しくてたまらない。
欲しい、もっと欲しい。
私は無意識に無惨さまの顔へ手を伸ばすと、そのままそっと顔を寄せた。
唇が触れる寸前、私の両頬が大きな両手に包まれ、否、押さえつけられた。見開かれた赤い瞳と至近距離で視線が交わる。
「……な、にをする」
いささか動揺した様子の無惨さまの声が、部屋に響いた。
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久遠(プロフ) - 本当に凄く素敵なお話でした。転生した先で2人が幸せであることを願います。転生した先でのお話も読みたいなぁという気持ちもあります。きりんの木さんの小説をまた読みたいのでpixivのアカウントをいつか絶対見つけたいです。教えてくださるのが1番助かりますがね笑 (6月28日 21時) (レス) id: d025dfcb18 (このIDを非表示/違反報告)
みずき(プロフ) - 素敵な話でした。どの目線から言うのかという感じですが、文章の書き方も素晴らしいかったです。無惨様への罰という形で終わりましたが、無惨様へ幸せを送る形で、新しい二人の話を読みたかったなと言う気持ちではあります。 (5月29日 23時) (レス) @page43 id: d9f5409103 (このIDを非表示/違反報告)
chiaki0708(プロフ) - ドキドキが止まらない素晴らしい作品でした!!!無惨様の好感度爆上がりです! (2021年12月14日 8時) (レス) @page43 id: 26a665cc7a (このIDを非表示/違反報告)
尊都(プロフ) - 約1年ぶりにお気に入りを探りこの小説を読み返しました。完結お疲れ様です。寂しいですが、2人らしい最期でした。悪役である無惨さまへの贈り物、素敵だと思います。素晴らしい作品をありがとうございました。 (2021年9月27日 3時) (レス) @page37 id: 6a52012404 (このIDを非表示/違反報告)
なあ - 素晴らしい作品でした。作品の中の無惨が生きているような感覚でした (2021年9月25日 2時) (レス) @page37 id: a69664b85d (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:きりんの木 | 作成日時:2020年1月25日 12時